第3章 ザインとリリィのデートです

 ザインはセレーネに寝る前に魔法力を充填して貰い、エネルギーゲインは7割回復した。これで装甲展開をした上で戦闘モードになれそうだった。


 翌朝、1人と1機は市警に調書作りに呼ばれ、3時間ほどかかって供述調書を作り、セレーネがサインした。


 そこで刑事さんに聞いた話では、会場で分解男が発砲したことを自動人形管理局に抗議した結果、分解男にはアリバイがあったということだった。どうも学院への不法侵入で管理局内で怒られていたらしく、アリバイは完璧だった。パニックを起こすためにわざと誰かが仕組んだ発砲と考えられ、分解男に変装していたのはやたら市中で発砲するので悪評が高いため、罪をなすりつけるのに最適だと思われたからでは、と推測された。


 しかし発砲に使われた自動人形分解銃のことを思うと、ザインはイヤな予感を覚える。それは呪われし者が自分たちの様子を見るのを兼ねて来ていたのではないか、とも考えられるからだ。彼が同型の自動人形分解銃を持っていたのをザインはよく覚えていた。


 市警からの帰り道、歩道を歩きながらセレーネとザインは話し合う。


「その、呪われし者って一体何者? 世界で1番危険なヤツとか言っていたよね」


『世界的な探検家で、極希少魔法武具アーティファクトを多数持っている悪党ですよ。何が目的なんだろう』


 泣き虫女神ナキメサワうんぬんの話はまだ伏せる。   


「君でしょ? 鎧にするとかなんとか」


『もう未登録じゃないんで、そこは多分、大丈夫だと思うんです。マスターを強制的に書き換える手段を持っているとか――うーん、考えられるな』


「3《ザイン》ちゃんもコレクションされるべき極希少魔法武具アーティファクトの1つってこと? ま、わかるけど」


 セレーネ様が目的の可能性もあるな、とザインは思わなくもない。


 彼は自分で世界の外を見たいと言っていたとデータにあった。だとすると東の女神様が持っているという絶対防御魔法以外の女神の力に何かそれを可能にするものがあるのかもしれない。


 自分がこの世界に送り込まれたときのように、外神として、幾つもの変換を伴いながら、異世界へ移動するのだ。それは人間ができることとは思えない。それを可能にするのは女神の力以外なさそうに思える。


『今のところ、それが1番可能性が高いですけど――』


 着装中であれば異世界の移動に耐えうる、という仮説も考えられる、が。


『それだとなんでセレーネ様を狙ったのかわからない』


「今回の事件と全く関係ないのかもね」


 それもある。単に戦闘力の確認に来ただけなのかもしれない。


 手がかりが少なすぎて、推理が成り立たない。


 新聞売りの少年が朝刊を売っていたので、セレーネが1部購入する。


「昨日の事件、しっかり1面記事になっているよ。あ、犯行声明が出てる。『機械化猟兵団』だそうだよ。武装自動人形アームドの生き残りたちのテロ組織だね」


『あの、自動人形オートマタに人権をって活動しているっていう――テロに走ったら逆効果ですよねえ』


 ということはあのカーニバルマスクの武装自動人形アームドたちは機械化猟兵団のメンバーということになる。なるほど歴戦の猛者揃いというわけだとザインは納得する。


「追い詰められると何をするか分からないのは人間も自動人形オートマタも同じってことだよね」


 セレーネは悲しみを帯びた表情で嘆息する。


『なにかいい解決方法はないんですかねえ』


「こればっかりは――わたし、ただの女子高生だよ」


『都合のいいときだけ女子高生だったりして』


「手厳しいね」


 もうランチタイムはとうに過ぎていた。


 セレーネは街頭の軽食スタンドでダブルと注文し、2本のソーセージが挟まれたホットドッグを頬張りながらまた歩き始める。


『また~お行儀悪い』


「自分が歩きながら食べるようになるなんて思いもしなかったな」


 セレーネは建物の間に見える青空を見上げる。


『セレーネ様、いいところのお嬢様っぽいですものね』


「そうなんだ。だいぶ抜けたと思ったんだけどな」


 そしてまた大口でホットドッグにかぶりつく。


「そういや、学校の事件の話なんだけどさ、まあ無差別テロっていえばそうなんだけど、今回のイベント潰しはだいぶ方向性を変えてきたよね。どう思う?」


『野良だった経験からいえば、学校の事件はお金、まあエネルギーって言い換えてもいいんですけど、が目的で、混沌の過激派の下請けみたいな?』


 秩序と混沌のバランスをとるために、ウキグモのような秩序が大きな力を持っている都市部では、混沌を生じさせるという教義を持つ一派がいる。そしてそれは実際、だいたい正しいのだが、やり方が過激なのだ。


「ということは今回のが『機械化猟兵団』の本流の作戦か。犯行声明もあったし、宣戦布告かな」


『セレーネ様が狙われていたとするとそれもちょっと違うかも』


「なんで?」


『それがメインなら、やるのは市長のときでしょう。混沌の過激派と別の依頼人がいると考える方が自然です。なるほど。そういうことか。呪われし者は『機械化猟兵団』の仕事ぶりを見に来たついでにボクらの戦闘力を確認していたんだ』


 ザインは納得する。


 呪われし者が直接、手を下さない理由は分からない。これは今後、解き明かす必要があるが、当面は『機械化猟兵団』対策が必要だ。


「身代金目的とも思えないから――うーん。分からない。明日、リリィちゃんとデートだよね」


『で、デートっていうか、デートです。はい』


「悪いけど、近くに居させてもらうよ。さすがに目標になっているのが分かっているのに、ボディガードと短時間でも距離を置くのは愚策だ」


『なんなら一緒に居てもいいですよ』


「それはリリィちゃんに悪いよ。そうだ。今から動物病院に寄っていこう。詳細まだ伝えてないでしょ?」


『え、いいんですか?』


「自分がピンチになったとき、困るから」


『そうですね。助かります』


 1人と1機は歩いて商店街の中にある動物病院に向かう。


 動物病院はまだ午後の診察が始まる前で、リリィは院内の掃除をしていた。


 また窓を開け、リリィは笑顔でザインを出迎えた。今日はキツネ耳だった。


『ザインさん、どこに連れて行ってくれるか決めました?』


 完全に恋する乙女モードである。ザインにはリリィが眩しい。


『セレーネ様の口利きで中央学院内を散策できることになったんだ』


『すごいです~ 私、入ったことないです』


 基本的に中央学院はウキグモ市民にとって、普段は立ち入ることのできない大きな公園みたいなものだ。入れるのは学祭のときだけなのだ。


 喜んでもらえてよかったなあ、とザインは心から思う。


 待ち合わせ時間を決めて、1人と1機は動物病院を後にする。


「気がついた?」


 少し離れてからセレーネが聞いた。


『え、何にですか?』


「それは困る。振り返らないで後ろ見て。動物病院の前の建物の屋上」


『はいはい』


 ザインはいわれた建物の屋上を後部カメラで見る。


『――分解男』


「昨日の今日で張り込みしているってことはリリィちゃんは『機械化猟兵団』の関係者ってことで間違いないね」


『本物か確かめなくていい?』


「それは明日、わたしがやるよ」


『それは危ない』


「君の間合いの中でね。もっとも呪われし者が君がいう世界一危険な人物だったら君の間合いで張り込みなんかしないだろうけど」


『ごもっとも』


 リリィが戦争帰りということはザインも百も承知だ。機械化猟兵団となにか関係があっても不思議ではない。単に可能性の高低の問題だ。


 とはいえ、関係だけでなく、機械化猟兵団の団員である場合もあり得るわけで。


 ザインは少々鬱気味になってしまった。


 アパートに戻るとセレーネはいきなりベッドに倒れ込み、爆睡した。自分に魔法力を渡したし、昨日は怒濤の1日だったからまだ疲れが残っているのだろうとザインは思う。


 冷蔵庫用の氷の配達が来て、ザインは冷蔵庫の氷を入れ替える。小さくなっていた氷は下に、新しい氷は1番上に入れる。


 冷蔵庫の中には日持ちするソーセージ類と葉野菜類があった。根菜はキッチンの下に置いてある。ふむふむと考え、ザインはセレーネが起きたときに食べられるよう、野菜たっぷりスープを作り始める。夏なので先に作り、自然に冷ましてから冷蔵庫行きにして冷製スープにするつもりだった。


 手早く調理して鍋をガス台にかけるとしばらく暇になる。


 今まで抱えていた大きな問題が片付いた今、暇だと感じられる幸せをザインはかみしめる。またいつ戦うことになるかわからないのだ。この暇を満喫しよう。


 ベッドで静かに眠るセレーネを見る。


 まだ自覚のない女神様だ。


 しかし自覚がなくて幸せなら、それでいい気もする。自分の任務があっても、それはそれだ。彼女には彼女の幸せもあるだろう。


 守ってあげないと、と静かにザインは独り頷いたのだった。

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