『わーお。ラブラブじゃないですか』


 てっきりセレーネの片思いだと思っていたザインとしては展開の早さにびっくりだった。プロポーズとかいう言葉が聞こえてきてまたびっくりだ。


 通路の影で2人の逢瀬を見守り、セレーネが控え室に消えてからザインは顔だけ通路にのぞかせた。


『あのー、気づいて、ましたよね』


 クレスは笑顔をザインに向けた。


「初めまして、潜むものダイバーだね」


『あ、記憶があるんですね! やったー!! 助かった~!!! 説明しなくて済んだ~~』


 クレスはゆっくり歩いてきて、ザインに手をのばした。


「よろしくね。クレッシェンド・マーカーです。『女神の永遠の騎士』の記憶が呼び出されたのはつい1ヶ月前のことだから、まだ混乱しているんだけど、無条件でセレーネを受け入れていた理由がわかって、少しすっきりした感じなんだ」


 ザインも手を伸ばし、ぎゅっと堅く握手をかわす。


 この感覚は間違いなく『女神の永遠の騎士』だった。


『マスター登録してください!』


「そうだね。先にしておいた方が無難だね」


 クレスはザインのⅢの字に指をあて、マスター登録を済ませる。これでセレーネは仮ではなく、正式にセカンドマスター登録となった。


『ありがとうございます』


「こちらこそ。でも僕は直接戦闘の経験はないけど大丈夫?」


『魔道士なら魔道士なりに戦闘に対応します。お任せください』


「頼りになるね。ところで、セレーネとはいつから?」


 ザインは昨夜からのいきさつをクレスにかくかくしかじかと全て説明する。


「なるほど。1ヶ月前に僕に記憶が戻ったのはおそらく東の事件に関係があったんだね。呪われし者、か。新米『女神の永遠の騎士』には厳しいね」


『でもセレーネ様の戦闘力も確かなものですからそんなに気負うことはないと思います』


「昔から彼女はそうだったんだ。だから僕は少し、身を退いて考えてしまうんだけどね」


『分かります。猪突猛進型の姫様ですもんね』


「1日で悟られてしまうなんて、セレーネらしいや」


『セレーネ様のこと、本当に愛していらっしゃるんですね』


「手を出さずにいるのが、メチャクチャ辛いよ。まだ未成年だしね」


 クレスは苦笑する。


「どうしてあんなに無防備なんだろう」


『それはクレッシェンド様に対してだけだと思いますよ』


 クレスはものすごく照れてしまい、真っ赤になった。


「――クレスと呼んでよ。今日から相棒なんだから」


『じゃあボクの方も、女神様に倣ってザインでお願いします』


「OK、ザイン」


 クレスとザインは拳を合わせる。


『あ、そうだ。ボク、セレーネ様にお願いがあったんだった。あの、ボクの友達2人が今日の入場整理券を欲しがっていて、なんとかならないかなって』


「それなら僕が関係者席の券を持っているから大丈夫。同行者2人までOKだったと思う。それでいい?」


『うわあ、2人とも喜びます』


 ザインとクレスは観客席に戻り、マルコーとジョミーに合流する。


 1人と1機は関係者席に入れることを喜びつつ、クレスとセレーネの関係を聞いて、驚いていた。


「美男美女のカップルだ。しかもお相手がピアノの魔術師クレッシェンドだなんて」


 ジョミーは関係者席に移りつつ、クレスに言う。


「みんなには内緒だよ。ところで君が秩序の魔道士カスクの一族ってことは、J.カスク博士はもしかして」


「祖父です」


「お祖父さまは惜しいことをしたね。魔道士界隈で知らない人はいないくらい偉大な方だ。実は僕もお世話になったことがあるんだけど――ということはその自動人形オートマタが――」


 ジョミーは唇に指を当てた。


『そちらもご内密にお願いします』


 人間形態のマルコーが主人に代わって言った。


「ザインには頼りになる友達がいるんだね。羨ましい」


 クレスは感心して言い、ザインは無言で頷いた。


『ザインのダチはオレのダチです。オレのダチはジョミーのダチです』


 マルコーが当たり前とでもいうような口調で言う。


「そうそう。こんなガキで良ければ、オレもクレッシェンドさんのお友達にしてくださいよ」


 ジョミーも軽い口調で、出過ぎたかなという風にためらう表情を見せつつ言った。


 しかしクレスは少し涙ぐんだようにして答えた。


「実は僕、ウキグモに友達いないんだ。人付き合い苦手でね」


『「えーっ!」』


 マルコーとジョミーは顔を見合わせた。


「信じられない。いい人そうなのに。うん。決めた。俺、今からクレッシェンドさんのお友達です」


『ジョミーのダチはオレのダチ』


 マルコーは大きく頷く。


「ありがとう。2人も友達ができたよ。今日はいい日だ」


『ボクは?』


 ザインは不安を隠さず聞く。


「君は相棒だって言ったじゃないか」


 クレスの言葉にザインは安心して胸をなで下ろした。


『そうでした、そうでした』


 関係者席はステージから見て左側の前列あたり一帯でとても見やすい席だった。


 2人と2機は関係者を示す札をもらい、首から下げ、席を確保した。これで一安心だ。


 クレスとジョミーはソフトドリンクを買ってきて飲みながら魔術談義に花を咲かせていたが、ザインとマルコーにはちんぷんかんぷんだった。


 ザインは諦めて陽光で微弱ながらも充電を始め、マルコーは暇すぎて寝た。


 あっという間に日が暮れ、ガス灯の明かりが点ると、観客席がだいぶ埋まり始めた。


 長い時間話をしていたのでクレスとジョミーはかなり打ち解けた様子だった。


介添人アテンダーかも~』


 ザインはふと言葉にするが、その単語は今まで彼の記憶野に現れたことのないものだった。自分でも不思議だった。


『なんだって?』


 マルコーが目を覚ました。ザインが応じる。


『よく眠れた?』


『ああ。そろそろ始まる?』


 時計は18時を回っていた。開始が19時だからもうすぐだ。


 開始まで2機はリリィちゃん談義に花を咲かせ、ベストの耳は猫耳かウサギ耳かでもめた。マルコーがウサギ耳推しなのは自分がオオカミ型だからと思われた。


 開始時間になり、主催者挨拶に市長挨拶に観光大使の挨拶とくどくど続き、15分ほどしてようやくコンサートが始まった。


 踊りを伴う民族音楽がオープニング、続いてカントリーソング、そしてポピュラー音楽と続き、4番目がセレーネの出番だった。


 ギターは大昔からあるが、今の形になってまだ日が浅く、比較的新しい音楽になる。


 中でも弾き語りは真新しいジャンルの音楽になる。


 セレーネが司会者に紹介され、会場の拍手の中、ステージに立ち、ギターを構えた。


 バックの楽団の出番はなく、ギター1本で歌うようだった。


「今日はひらひらの衣装じゃないんだ」


 ジョミーが少々驚いたようにいった。ザインには彼女がひらひらの衣装を着ているところなんて想像できないのだが、以前は着ていたことがあったということだ。 


 それはともかく、ザインは息をのんで初めて聞くセレーネの歌を待った。


 会場がシンと静まりかえり、セレーネがギターの弦をつま弾いた。




「朝日が昇り、大地を照らすように

 月が昇り、闇夜を照らすように

 君とボクの希望が重なる ラララ

 ボクと君の夢が重なる ラララ

 それはとっても自然なこと だって

 君とボクは昔ひとつだったから ララララ」




 歌が始まっても、そのまま会場は静かなままだった。


 セレーネの甘い歌声は、魔法の力を使わなくても、すり鉢状に設計されているお陰できれいに反響し、会場の隅々まで響いていく。


 女神様はこんな歌を歌うんだ――とザインは感慨にふける。


 生活力やや低めで、面倒見がよく、それでいて魔法の腕がたって、純粋に1人の青年を幼い頃から今まで思い続ける乙女な一面を持つ、クレスの女神様は、歌詞にもその純粋さが現れていると思う。


 ザインは歌の善し悪しは全く分からないけれど、いい歌だな、と思った。


 そして歌が次のフレーズに入ろうとしたその瞬間だった。


 屋外ステージに掛けられた大きな看板を3本の光条が照らしだし、即座に火がついてあっという間に燃え広がった。


 セレーネも異常事態に気がつき、頭上を見上げる。


「ザイン! セレーネを守れ!」 


了解コンセント


 真のマスターが発する初めてのコマンドだ。


 火はレーザーのような光で点けられたのが分かる。対人攻撃ではない。


 ザインは全身鎧姿に戻るとステージまで跳躍し、セレーネを抱きかかえると落ちてくる看板から逃れる。


「マルコキアス! 変形アルター!」


『わかってる!』


 ジョミーのかけ声にマルコーはオオカミ型に変形し、光を発した犯人の1人を追う。


 光は3箇所から照らされた。右手舞台袖、左手舞台袖、そして最後列の座席だ。


 左右の袖から光条を発した犯人はカーニバルマスクをしていた。


「やっぱり!」


 遠い右手にマルコキアスが跳び、白いカーニバルマスクの男に襲いかかる。


 すぐの左手にはジョミーが跳び、赤いカーニバルマスクの男に殴りかかる。


 そして最後列の方から通路を通って逃げようとしている黄色いカーニバルマスクの男に対して、自動人形分解銃の銃口が向けられ、銃声が観客席内に鳴り響いた。


『分解男だ! こんなところまで!』


 ザインは呆れる以上に怒りがこみ上げてきた。ザインはクレスにセレーネを託し、ジョミーの援護に向かおうと左の観客席エリアに戻る。


「逃がすかよテメエ!」


 分解男は通路の奥に消えていく。


 しかし観客は銃声でパニックになって立ち上がり、出口に向かって殺到し始めた。


「まずい、まずいよ。けが人がでる」


 腕の中のセレーネが焦る。


「大丈夫。僕がいる」


 すっくとクレスが立ち上がり、両手を挙げる。


洋琴召喚サモン・ピアノ


 そのキーワードでクレスの前に半透明のグランドピアノが現れる。


 そのグランドピアノには実体がなく、近くにいる人や座席がその中にあっても全く影響がない。


「演奏開始」


 クレスは立ったまま、半透明のピアノを弾き始める。


 左手には『幅広く穏やかにラルゴ』で、右手には『急速にプレスト』と輝く速度記号が宙に浮かんだ。


 すると出口に殺到していた観客たちの足が急に遅くなり、その代わり、どこかから現れた十数体の音符を持った自動人形オートマタが素早く観客たちの整理を始め、避難誘導を始める。観客たちはその異様な事態に動揺することは全くなく、整然と避難を始めた。それはクレスの魔法の効果だ。


 ついでといっては何だが、マルコーとジョミーの速度も上がり、交戦中のカーニバルマスクの男たちを圧倒し始める。


 ジョミーの拳がカーニバルマスクを割ると、非対称の時計の内部のような歯車をモチーフにした顔が現れる。やはり武装自動人形アームドだった。


 そしてマルコ-は左腕をかみちぎったが、籠手部分で、中身は逃れて機械がむき出しになる。やはりこちらも武装自動人形アームドだ。


「うひょおお! こいつはすごいぞ!」


 ジョミーは歓喜の声を上げて武装自動人形アームドを殴り続け、マルコーはついに武装自動人形アームドの左腕を食いちぎった。


「ザイン! もう1体を追ってくれ」


了解コンセント!』


 クレスの命でザインは避難する観客の波をすり抜け、分解男が交戦していたカーニバルマスクの男を最後列の出口から出て追う。外に出ると分解男は排莢後の装填中で、カーニバルマスクの男はもう公園の中に逃げおおせていた。公園内には人が大勢おり、飛び道具を使う状況にはない。


「テメエも仲間か!」


 追いついた分解男が自動人形分解銃をザインに向けるが、ザインは相手にせず、跳躍して闇に紛れ、棒人間に戻った。そして分解男に見つからないように注意しながら避難する観客の波を遡り、屋外ステージのセレーネの下に戻る。


 全く分解男はろくなことをしない、と憤慨しつつ、ザインは一行と合流した。

 ジョミーとマルコーもカーニバルマスクの武装自動人形アームドを取り逃がしていた。ジョミーは悔しそうに痛めた拳に包帯を巻きながら言った。


「さすがに影の中に消えるヤツは追えないよ」


「あらかじめ結界を作って影に逃げ込まないようにしないとならないね」


 クレスは全員の無事を確認し、安堵して頷いた。マルコーも悔しそうに言う。


『結局、成果はオレが奪った左腕だけか』


「そんなことはない。観客にけが人が出なかったんだから大きな成果だよ」


 セレーネがマルコーに言う。ザインは悔しい。


『分解男があんなことしなければパニックにならなかったのに』


「しかし分解男の勘はすごいね。特殊能力としかいいようがない」


 セレーネはあきれ顔だ。ザインは忌々しく思いながら答える。


『分解男の後をつけたら事件にぶち当たるんじゃ?』


「それはともかく、ジョミーくん。大丈夫?」


 クレスが拳の怪我を心配する。


「さすがに武装自動人形アームドの装甲は堅かった」


 ジョミーは肩をすくめ、クレスが苦笑する。


「生身で武装自動人形アームドに殴りかかるなんてどうかしている」


「男の子ですので、そこは大丈夫です」


 自慢げなマルコー以外は開いた口が塞がらないという顔をする。


「けど、あの観客を非難誘導した自動人形オートマタはクレスお兄ちゃんのだったんだ?」


 クレスの手もとに戻ってきてお土産のおもちゃ並みに小さくなった11体の自動人形オートマタをのぞき込みつつ、セレーネが聞いた。


「ジョミーくんのお祖父さんに依頼して作ってもらった妖精型の自動人形『ニッセの合唱隊』さ。僕の演奏で11体同時に指揮できるんだ」


「祖父ちゃんに世話になったってのはこれのことでしたか」


「僕仕様の完全ハンドメイドだからね」


 クレスは綺麗な木製のアタッシュケースに『ニッセの合唱隊』を収めた。


「戦闘力はたいしたことはないけど、こういうときに役に立つ」


「いかにもお兄ちゃんが使う自動人形オートマタっぽいな」


 セレーネは嬉しそうに言った。そしてジョミーに気がつき、聞いた。


「君がマルコーくんのご主人?」


 そしてようやくジョミーは異常事態に気がついたように声をあげた。


「そ、そうだ。こんな機会、もう、あるはずがない。俺、あなたの大ファンなんです。サインください!」


「戦闘が終わったばかりなのに余裕~♪」


 セレーネはびっくりしつつも笑顔になった。


「何にも持ってないよ。今度、ペンを持っているときね」


 そしてみんなで笑った。

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