一仕事を終えてすっきりしたかったらしく、セレーネは銭湯でひとっ風呂浴びた後、アパートに戻った。なお、セレーネの入浴中、ザインは銭湯の前で待ちぼうけしていた。


 ザインがお弁当を作り、セレーネがライブの準備を整える。


 ギターに楽譜に、ステージ衣装を揃える。ステージ衣装は自前らしく、やっぱりデニム中心だった。キャップを被り、ギグバッグを担ぎ、いざ出陣である。


「3ちゃん、ここで待っていてもいいのよ」


『せっかくですからセレーネ様のライブを見たいです』


「いい心がけです」


 セレーネは笑顔でザインを連れてアパートを後にする。


 また馬車のキャビン上の席に乗り――自動人形オートマタは差別されているのでキャビンには入れないのだが――ウキグモの中心部に向かう。


 ウキグモの中心は、『機械化の叛乱』後に開通した大陸間横断鉄道の終着駅ウキグモ・ステーションだ。船よりも運行時間が安定しているため、大陸間横断鉄道の駅は終日、乗客で賑わっている。


 そのウキグモ・ステーションの前に建設された新しいランドマークが中央公園サーカスだ。円上のものサーカスなのはウキグモの東側の幹線道路の巨大な環状交差点ラウンドアバウトの中にあるからである。


 中央公園へは馬車の渋滞を避けるため、歩道橋か地下通路で入るようになっている。ただ、馬車鉄道の馬車は中央公園に設けられている停車場に直接乗り付けられるので、スムーズに中に入ることができる。


 セレーネはザインを伴って、緑化が進められている公園のメイン通りを歩き、中央の屋外ステージに向かった。


 屋外ステージの背後には大陸間横断鉄道の駅舎がそびえ立っていた。


 赤煉瓦造りの4階建ての駅舎は最新の設備、最新のデザインで旅人を迎える。中にはホテルはもちろん、飲食店や土産物、ブランドショップなどがテナントとして入っていて、ウキグモ1の観光名所だ。夜にはライトアップされるので、ウキグモの住民も中央公園から眺めにくるくらいである。


 屋外ステージでは既に今夜のライブの準備が進んでおり、セレーネは関係者に挨拶するとステージの上に飛び乗った。


『慣れてるなあ』


 ステージの前はすり鉢状になって、斜面にベンチが作り付けられており、音響に配慮された造りになっている。古代円形闘技場と同様の造りだ。


 始まるまでまだ4時間はあるというのに、ぽつぽつと客の姿が見える。その中にオオカミ型の自動人形オートマタとそのご主人の姿を見つけ、ザインは挨拶をしに行く。


『ジョミーさん、お久しぶりです』


 ジョミーとザインに呼ばれたくすんだ金髪の少年は笑顔になった。


「スティック! じゃない、ザインになったんだってね。元気だった?」


 ジョミーは席から立ち上がり、抱擁をかわした。マルコーが心配そうに聞く。


『やっぱりまた会ったな。無事、登録できたみたいでなによりさぁ』


『ありがとう。みんなご主人様(仮)のお陰さ』


 そしてステージの上で打ち合わせをしているセレーネに目を向けた。


「君には世話になった。いつか恩返しをしたいと思ってはいたんだけど、いつの間にかいなくなっちゃって心苦しかったよ」


 ジョミーはザインから両手を離す。


『あなたの家にご迷惑をおかけするわけにいかなかったので』


「バカだなあ……そんなのどうでも良かったのに」


『ジョミー、セレーネのリハーサルが始まりますよ。え、セレーネ?』


 マルコーはステージの上のセレーネを見て、慌てふためく。


『お前のご主人(仮)、歌姫セレーネかよ! 今、大ブレイク中じゃん!! 自然すぎて気がつかなかったわ!!!』


『え、そうなの? 歌姫なの?? 大ブレイク中なの???』


「本当かい!? 俺、大ファンなんだよ! うわあ、こんなことってあるんだあ」

 ジョミーとマルコーの目の色が変わった。


『今も入場整理券がとれなかったからリハだけでも見ようって知り合いに頼んで待ってたんだ』


 マルコーが肩をすくめる。


『ふーん。そうなんだ。じゃあ、セレーネ様にお願いしてみようかな。せっかくボクの友達たちが来てくれているのに、セレーネ様を見ないで帰るなんて、残念だもの』


「本当かい? ダメもとで聞いてみてよ!」


 ジョミーの目が満天の星空の如く輝いた。


『任されて~』


 ザインはセレーネのリハーサルが始まる中、ステージ裏に向かった。

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