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学校の怪談の舞台の1つは旧校舎と相場が決まっているが、今回もその例に漏れず、取り壊す予定の旧校舎が舞台になっていた。
いくら取り壊す予定だからといってもこの有様は――と頭を抱えそうになったザインであった。廊下には大きな穴が幾つも空き、扉は吹っ飛び、散乱し、廊下と教室を仕切る窓のガラスはほとんど割れて散乱している。
「学校の執行部も知っているから大丈夫よ~」
『1人でやったのですか、これ』
「そうよ~ 腕に覚えのある学生なんてリスク以外の何でもないと思うけど」
階段を上りながらセレーネは言う。階段も手すりが外れてぶらんとしている。
『危険です』
「今日は大丈夫よ。3ちゃんがいるから」
うーん。とんだお転婆女神様である。
早いところお兄ちゃんこと、ピアノの魔術師クレッシェンド・マーク氏と合流して、責任を引き継ぎたいところである。
4階まで上り、屋上へ至る途中の踊り場に、無数の蜘蛛の糸のようなものが張られ、束ねられ、それらで作られたトンネルのような結界があった。4階の階段の登り口で一旦、様子見で1人と1機は立ち止まる。
『うわー、何これ、見たことない結界だ』
「わたしのオリジナルだから。継続して張れて、あとから強度を増せて、一般人にもこれは危険だって一目で分かる仕様」
『え、オリジナルって――』
「そう、わたし、
てへへ、とセレーネは照れたような困ったような笑いを浮かべた。
魔道士は、それぞれが得意なジャンル、結界だの地形変化だのそれこそ自動人形作成だのの各々の魔法があるものの、基本的には第1から第5までの階位に相当する魔法に習熟し、クラスが与えられる。
『落ちこぼれってそういうこと?』
「第2階位魔法、覚えられなかったのよね~」
セレーネは苦笑いしていたが、また別に理由もありそうな苦笑いだった。
少し近づき、踊り場にたどり着く。
トンネルの奥には、無形の混沌そのものという形状のA級の混沌の怪物マッドインキュバスがいる。ザインのセンサーからでは無形だが、精神攻撃を受けている相手は好ましい異性に見えるようだ。
今もセレーネはうーん、とうなっている。
「どうすればいいの?」
どうやらザイン、いや、
『まず仮登録です』
「さっきと立場逆転~」
『額のⅢに指を当ててください』
「これでいい?」
ザインの額の数字にセレーネは指をあて、数字が一度光って、消えた。
『完了です』
「これで終わり?」
『無用な演出はいらないのです。あとは叫ぶのです「
「
セレーネの方も無用な演出なしにいきなりコマンドを口にした。
『
その登録者のコマンドワードに反応し、棒人間だったザインは元の全身鎧姿に戻り、そしてすぐに鎧が展開して、一瞬でセレーネを包み込む。
「おお、視界も確保されている。最初のときは慌てててあんまり覚えてないんだ」
「エネルギー
セレーネが呆れたように、驚いたように言う。
『毎日この結界を維持してA級の怪物を封印していたのなら、夜中に魔法力が少ないのは当然ですね』
「それでももうちょっとあると思っていたんだけどな~ さて、わたしは媒介がないと使える魔法のバリエーションが減るタイプの魔道士なんだ。持ち物はどうやって出せば良いのかな」
『普通にそれを持っていると思っていただければ。お札がジャケットの中にあるなら、ジャケットの中から取り出すイメージで』
「偶然にもジャケットの内ポケットに入れてる」
セレーネが手を内ポケットに入れる仕草をすると
『トランプサイズですね』
「トランプサイズだと市販の手品道具にも入るから、いろいろ便利」
『考えてますねえ』
「じゃ、いきますか」
セレーネがカードを宙に舞わせるとカードは光を放ち、無数の光の矢が生成される。ここまでは戦闘で多用される無詠唱攻撃呪文に酷似している。しかし光の矢は目標に放たれることなく収束し、1本の槍となると周囲のエネルギーを集め始め、周囲が急速に冷やされ、夏なのに零下となる。
『エントロピーの法則を無視してる!』
「エントロピーの法則を無視するのは混沌の魔法の基本でしょう」
『こんな露骨にやったら秩序の神々が黙っていない!』
「あー、そうかも。でもまだお
秩序の神々もこの世界の女神には甘いのだろうか。
周囲のエネルギーを集めた光の矢は煌々と輝き、結界と
『これじゃまるで伝説の最終階位魔法
「正確に言うと文献を元に
『お安いご用です』
「終わった~ 朝飯前だった」
『いや、今さっき、ランチでカレーライス食べたでしょう』
「それは慣用句ってやつでさ」
『分かっててボケツッコミ入れてますから、念のため』
「表情が分からないから区別つきにくいよ~」
そのとき、後方に向かっての警戒アラートと未確認物体の表示がスクリーンに出た。
「何?」
『もちろんここ、立ち入り禁止にしていましたよね』
「いつの間に――」
その人影は盛大なお祭りで使われるようなカーニバルマスクを着装した男だった。長い軍用のコートを羽織っているが体格がとてもよく、大柄なことだけは分かった。
カーニバルマスクの目の穴の下に輝きが見えた。
「あいつ――」
カーニバルマスクの男は無音で動き出し、階下へと階段を下っていく。
『ご存じ?』
「追う。あいつが黒幕かもしれない」
『
手すりを使って方向転換して2回跳んで3階に到着。
廊下に出ると、廊下の端にカーニバルマスクの男が
「待て!」
セレーネが叫んだところで、カーニバルマスクの男はすっと廊下の床に吸い込まれるようにして姿を消した。
『逃げた』
「ご挨拶ってわけね」
『人間じゃない』
「たぶん、
『いい無差別テロだ』
そのとき、大きな発砲音が外から聞こえた。
「カーニバルマスクの男?」
『急ぎましょう!』
「誰かいる。解除して」
『
「仲間か?」
人影が銃口をセレーネに向け、慌てて銃口を別の方向に向け直す。
「うわ、違った~ 女の子だ!」
その向き直された銃口の向こう側にカーニバルマスクの男がいた。
カーニバルマスクの男は内庭の木陰の下に、ゆらりと立っている。
『げげ、
棒人間に戻ったザインは思わず叫んでしまう。
「あ、やっぱ
ザインを認めた
「何やってるの! 逃げちゃうでしょ!」
「ああああ!」
『熟練の
戦闘エリートである
カーニバルマスクの男は樹木の影の中に入ると、溶けるようにして影の中に沈んでいった。
『混沌の魔法だ』
「
セレーネが忌々しげにカーニバルマスクの男が消えた樹木の下まで来て言った。
「ち、逃がしたか」
「あんたが外すからでしょうが!」
「うわ! 午前中のお姉ちゃんじゃねーの」
「セレーネです、
『ボクももう
「おめえ、登録できたのかよ。冷凍光線浴びてるとばかり思っていたぜ」
『ふふふ~ん。もうお前なんか恐くないもんね~』
そう言いながらもザインはセレーネの陰に隠れる。トラウマは根深い。
「セレーネさん、あんた、なんでこんなところに?」
「わたし、ここの学生ですから。高等部です」
「あ、そう。そりゃ、夏休みで日曜日でもいるかもね」
「ところで
「捜査上の必要があった」
「裁判所の令状は?」
「あ、いや、その、今日は忘れたようだ。これにて失礼!」
「どうやってこの事件を嗅ぎつけたのかしら。外部には漏らしていないはずなんだけど」
「もう大丈夫だよ、3ちゃん」
『ありがとうございます。
「それはすごい才能だ。射撃の腕が伴っていればなお良かったのに」
『あれはカーニバルマスクの男の方がすごいんです。間違いなく指揮官クラスの
「そいつに影に潜む能力が付与されているのか。やっかいだね。更に黒幕がいるってわけだ」
『黒幕は――』
ザインには心当たりがある。同型機から来たデータにあった
『誰なんでしょうね』
まだセレーネに話すタイミングではないと思われた。彼女を狙ってのことだと考えられたからだ。女神の記憶がない彼女に余計な話はできない。
「まあ、調べるよ。それよりさ、マッドインキュバスも消滅させたし、学校の執行部に報告したら、次の仕事があるんだ」
『次の仕事ですか?』
「うん。
『ああ、聞いていました。セレーネ様、すごく忙しいんですね』
「自分で選んだ道だから頑張れるけどね」
ザインは笑顔のセレーネも見て、自分の表情モードが笑顔になるのが分かった。
セレーネは学院の事務室で問題が片付いた旨を報告し、概要を簡単に記した後、学院を後にした。学院の執行部はこれから旧校舎の調査に入るとのことだった。
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