第2章 女子高生は面倒ごとがお好き

 そういえばセレーネ様のこと、あまり知らない。


 そうザインは気がつく。意外と自分の話はしているけれど、結構、核心的なところは聞いていない。どこの出身なのか、家族はどうしているのか、なぜ1人暮らしをしているのか。そしてどんな理由で魔道士をやめたのか。


 まだ知り合って1日だから当然のことかも、と思い、粛々と彼女の後をついていく。


 そして馬車鉄道に乗り、セレーネはザインと一緒にキャビンの上の席に座る。


 軌道レールの上に車輪を乗せて走る馬車鉄道は乗り心地もスピードも普通の乗合馬車と比べると優位性が極めて高い。


「この季節は風が気持ちよくて良いよね」


『日焼けしません?』


「いい日焼け止めを塗っているから大丈夫」


『で、どんなお仕事で?』


 キャビンの上の席には誰もいない。キャビンの中に聞こえるような大声でも出さなければ誰にも話は聞かれないだろう。


「巻き込まれるのは慣れているって、言ったの覚えてる?」


 ザインは頷く。


「あんまり魔道士の力を使うの、好きじゃないんだけど、自分の学校が舞台になるとさすがに話は別よね。これでも優等生で通っているし、頼りになる姉御肌ってことになっているからさ」


『分かります』


 ザインはまた頷いた。


「学校ってさ、変なのが湧くのよ。素人のくせにいかがわしい占星術とかお呪いに手を出す女の子とか普通にいるわけ。で、変なのが呼び出された」


『変なの、ですか』


「偶然なのかな、A級の混沌の怪物――マッドインキュバス」


『無差別に周囲の生気を吸うヤバいヤツじゃないですか』


「学校なんかに巣を作られたらあっという間に進化しちゃうよ。思春期の男女が大勢いるから色欲なんか無限にあるようなものだもの」


『そいつ、どうしたんです?』


「なんとか物理的には封印したんだけど、さすがに消滅させるまでは無理で――」


『すごいことですよ。A級の混沌の怪物を1人で封印するなんて』


「いやもう精神攻撃がやばくって。お兄ちゃんの姿になられるとトドメ刺すどころかもう自分の色欲が刺激されて……って何言わせるんだ!?」


 真っ赤になってセレーネは拳を握りしめ、今にもザインに殴りかからんとしていた。


『セレーネ様が自分で勝手に言ったんですよ~!』


 ザインは両腕をガードポジションにする。


「あの形態なら、精神攻撃をガードできるかな、と」


『――ご明察』 


「そのくらいできそうだもんね。あとは自分でやれるよ」


 セレーネは怒りの表情を作るのをやめて、ザインの頭をちょんと小突いた。


 確かにそのくらいなら今のエネルギー残量で大丈夫そうだ。


『分かりました。お力になります』


「ありがと」


 セレーネは笑みを浮かべ、馬車の車輪が乗っている軌道が延びている先に目を向ける。


 そこには彼女が通う王立のウキグモ中央学院がある。かつてはウキグモの外縁部だった場所に作られた広大な敷地を有する総合教育機関である。セレーネが通う高等部もこの敷地の中にある。ウキグモが拡大し続ける今となってはこの中央学院は結構な都心部にあるのだが、敷地の中は昔ながらの庭園や狩猟館に森まで存在する落ち着いた場所だ。


 中央学院のシンボルである時計塔がもう見える。


『あそこですか』


「すぐ終わるよ」


 馬車は定刻を守るため、停車場で時間調整をしながらウキグモ中央学院前の停車場に至り、1人と1機はコインを車掌に払って降りた。


 入り口で学生証とザインの仮ナンバーを見せて、セレーネは高等部の校舎に急ぐ。


 普段だと学院内を巡る乗合馬車が走っているのだが、夏休みのため、ない。仕方なしに1人と1機は小走り気味に歩いて行く。


 周囲に人影はない。噴水や木陰などで休んだらさぞかし気持ちがいいだろう。


「あ、リリィちゃんとのデート、校内どう? 許可もらってあげるよ」


『え、本当ですか。普段は入れないから、きっと喜びますよ』


「でっかい公園だもんね。近場だしさ」


 そう言いつつ、小走りなのは止めない。


 急いでセレーネが高等部の建物に入り、廊下を小走りで行く。


 こんなに急ぐなんてどんな敵なのか――と思いつつ、彼女について行くと、彼女は学生食堂に入っていった。


『ずっこけていいですか?!』


「死語だよ、それ。おばちゃん、カレーセット1つ!」


 夏休みなのでメニューはカレーとフィッシュアンドチップスしかないが、セレーネは毎日来ているので、食堂のおばちゃんも勝手が分かっており、もうカレーライスが盛られていた。カウンターでセレーネはカレーとサラダのセットを受け取る。


 がらがらのテーブル席で湯気をあげるカレーライスをセレーネはかき込む。


「お腹が減ったら戦えません」


『ですよね』


 昨日まで腹ぺこだったザインは何も言い返せない。


『そんなに急いで熱いものを食べていたら猫舌になりますよ』


「よっしゃー 完食! おばちゃん、ごちそうさま。いくぞ3《ザイン》ちゃん」


『合点承知』


「それも死語だ」


 食器の載ったトレイを返却口に返し、いざ出陣の1人と1機だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る