動物病院の1階は診察部分とトリマーする部分に分けられていて、トリマーは通りから見えるように全面が分割のガラス張りになっており、大きなスタンダード・プードルが夏向けに刈られ、すっきりしたところだった。


 人間のトリマーさんは奥の飼い主さんと話し込んでいたが、刈った毛の掃除をしている小型の自動人形オートマタがそこに残っていた。


 彼女がリリィだ。今日は猫耳パーツをつけられている。人間を模した顔が装着されているが表情の数は少ない。それでもついているのはとびきりの美少女フェイスで、服もヒラヒラのついた白が基調のお仕着せで、いかにもリリィという雰囲気だ。


『スティックさん!』


 ガラス越しにザインに気がつき、急いで毛を片付ける。


『リリィちゃん。元気そうだね』


 ザインはガラス越しにリリィに話しかける。リリィは全面ガラスの窓部分を全開し、窓際に立つ。


『はい! スティックさんこそ、よくぞご無事で!』


『ははは。この人のお陰でね』


「やっぱこの子か。すんごいかわいい子じゃない。3ちゃんも隅に置けないね」


『もしかして、もしかして、野良卒業ですか?』


『今日、これから登録に行くんだ』


『これからもこの街に住めるんですか?』


 ザインはセレーネの顔色を窺い、セレーネは大きく頷く。


『そうみたい』


『良かった~』


 リリィはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。


『スティックさんが、分解男にバラバラにされたり、捕まってどこか遠くの街にいったり、戦争にいくことになったりしたら、どうしようかと思ってた』


 しゃがみ込み、リリィは顔を両手で覆っていたが、真っ赤になっているのが手の隙間からでもしっかり見えた。


「やば。メチャクチャかわいいんですけど、この子」


『当面、大丈夫そうです』


『じゃあ、今度のお休みに会えます?』


 セレーネは動物病院の看板の定休日を確認する。今度は火曜日らしかった。明後日だ。うんうんと頷き、ザインは安堵して答える。


『OKいただきました』


『嬉しい! じゃあ、時間とか、集合場所とか、行く場所とか、明日、教えてくださいね』


 リリィの後付けパーツと思しき猫耳がピクピクと前後に動いた。


『うん』


「じゃあ、リリィちゃんとやら、分解男のターゲットにならないように、これから3ちゃんの登録に行くから、また明日ね」


『スティックさんの美人のご主人様、ありがとうございます』


 リリィは満面の笑みで1人と1機を送り出した。


 セレーネは歩きながらザインを見上げ、目を細める。


「めっちゃ、懐かれてるね」


『いろいろありまして』


「男は顔じゃないねえ」


 うんうん、とセレーネは大きく頷く。


『明後日、お休みいただけるんですか。お世話になり始めたばかりなのに』


「まあ、直近の用事が済んだらね」


『直近の用事ですか……』


「それよりさ、あの子、元、軍用でしょ?」


『見て分かるんですか』


「後方支援用で武装自動人形アームドじゃないのは分かるけど、辛い経験して、今、あんな笑顔になれるのはとてもいいことだと思いますよ、わたしは」


『そうですね。マルコーが軍用じゃないってのも分かるんですね』


「あれは秩序の魔道士が作った中でも最上級の超一級品だよ。あんなのが記憶回路いかれて野良やってて、よくとっ捕まらなかったもんだ」


『彼のご主人、ジョミーっていうんですけど、おじいさんが有名な秩序の魔道士で……』


「J.カスク博士。もう、お亡くなりになっているけど。お孫さんがジョミーって言ったはず。高校生ってのも年齢が合う」


『そこまで分かるんですか』


「あんな3段変形する戦闘自動人形アームドを作れる人なんて限られているよ。そんなに難しい推理ではありませ~ん」


『どうしてセレーネ様は第一階位魔道士なんですかね?』


「言ったでしょ、わたし、魔道士の才能がないのよ」


 まあ、あり得ない話だ。東で同型機が見つけた女神様は最終階位魔法習得者だったのだから、同じ女神様の顕現であれば魔法の才能は確実にあるはずだ。自分への魔力の充填量が少なかったのにも何か理由があるに違いない。


 それをどうして自分に隠しているのかザインには分からないが、今はそういうことにしようと思う。隠し事があるのはお互い様だ。


 大通りに出て、軌道上を馬車が行き交う中、てくてくと1人と1機が歩道を歩いて行く。


 割と新しめのコンクリート製のいかにもお役所といった建物が、自動人形管理局だ。


 管理局の入り口の階段を降りてくる見慣れた中年男とお互い視認し合い、ザインと中年男は同時に声を上げた。


棒人間スティック野郎! 何しに来やがった!」


 中年男は懐から自動人形分解銃を抜き放ち、銃口をザインに向けた。


『うわあ、分解男バーラ・バーラ~~た~す~け~て~』


「この子はこれから登録するんです。人のものに何をするんですか!」


 セレーネが銃口とザインの間に入り、男は自動人形破壊銃をしまう。


「お前が登録だと?」


 ザインはセレーネの背中に隠れ、びくびくと震えることしかできない。


 ザインがよく知る、ウキグモを代表する分解男、コードネーム、バーラ・バーラはハゲ上がった頭頂部を陽光に輝かせながらザインを睨んだ。夏だというのにトレンチコートに軍用のシャツ、くたびれたスラックスにビジネスの革靴というよく分からないスタイルだが、これが彼の流儀である。


 万年現場主義のワーカーホリック、冷血のくせにその血でカップラーメンが作れる男、お前の方こそ心臓が機械だ、などなどと無数の自動人形に罵倒される男、それが彼だ。


「知ってるか? 武装解除に応じなかったら、その場で冷凍光線でカチンコチンにされるんだぞ。おまえなんざ、カチンコチンになるに決まってらあ。武装が見つからなくて登録が通っても、必ず俺がお前の化けの皮を剥がしてバラバラにしてやるからな!」


 そしてカッカッカッカと笑いながらがに股で階段を降りていった。


『恐い恐い』


「もう行ったから、大丈夫だよ」


『ボクのこと、分解男からかばってくださったんですね』


「当たり前だよ。だって面倒見るって決めたんだから」


 女神様にここまで言ってもらえる鎧はいないはずだとザインは確信した。。


 ザインはほろりと涙を流す仕草をする。 


「行くよ、ほら。また分解男に因縁つけられる前にさ」


 セレーネは自動人形管理局の階段を上り、振り返ると安心させるような笑顔でザインに上がってくるよう促す。


「さあ、怖がらないで。最初の試練だよ」


 ザインはゆっくりと頷いたのだった。

 自動人形管理局での検査はあっという間に終わった。

 出自不明の自動人形オートマタはダンジョンから出土したものが多いため、ザインが自分でダンジョン出身ですというとすんなり仮ナンバーが出た。身体検査も外見上は武装していないのですんなり通った。真面目に探されたらそうとうマズいことになって、分解男バーラのいうように冷凍光線が照射されたのかも知れないが、戦争が終結して10年も経つと、検査も緩くなるらしい。

 所持の資格確認もセレーネが魔道士の証である胸のメダルを見せて問題なく終わった。五芒星の5つあるエリアの1つしか色がついていなかったから、本当に第一階位の魔道士らしい。

 ほんの1時間ほどの検査と、午後からの自動人形の管理についての講義を聞かされて、無事、登録が完了した。本物のナンバーが付与されるのが1ヶ月後というからその間は大人しくしていた方が良さそうだった。

 自動人形管理局を出て階段を下りながら、セレーネが言った。

「お腹減ったわ」

『コロッケ食べていたのに』

「人間はお腹が減るのが早いのです」

『おうち帰ります? 買い物して帰ったらおそばくらいならすぐできますよ』

「いや、学校に寄らないとならなくて」

『学校――ですか?』

「知っての通り、夏休みなんだけどさ、今、訳あって毎日行っているのよね」

 セレーネは苦笑いする。

「どうにかしなきゃとは思っていたんだけど、君がわたしのもとに来てくれたからさ、なんとかなるかな~って思って。今日はライブも予定してるし、さっさと終わらせようっと」

 末尾にハートマークでもつけそうな物言いだった。

『え、何かボクがご入り用な仕事があるんですね』

 ザインはぎょっとした。

「エネルギー残量、10%でもなんとかなると思うなー」

 セレーネは今度はニヤリと笑った。

 どうやらこのご主人様(仮)は自動人形遣いが荒いご主人様になりそうな予感が、ビシバシと漂ってきていたのだった。

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