ザインの中に蓄積されている潜むものダイバーⅡからの重要共有データ〔概略〕にはサブタイトルでこうあった。


『絶対に読んでおけ! 世界が動き出すぞ!』


 一応、以前も読んだのだが、腹ぺこの最中であまり記憶がはっきりしないので、ザインは頭の中でもう一度読み返してみる。


『どれどれ。この大陸の東の端の中心都市オンポリッジで混沌の魔道士の行方不明事件が多発、とな』」


 いきなりきな臭い話である。


『おそらくはその一味に狙われたシンシア・クロス・ドロップエンド伯爵令嬢にして最終階位魔法習得者を潜むものダイバーⅡのマスター、エッジ・マーカー・オブシディアン男爵が危機一髪のところを救う、と』


 ザインは顔色を変える。


『うわっ! ちゃんと名前にマーカーが入ってるじゃないか。気がつけボク……』


 少し落ち込む。


『もちろん、この伯爵令嬢が女神様なんだよな。セレーネ様にそっくりだ』


 添付の画像データを再確認するが、うり二つだ。


『このオブシディアン男爵が「女神の永遠の騎士」だ。ちゃんと女神様にお会いできたんんだな。よかった。』


 女神の永遠の騎士は、この世界の根幹を成すと言われている月の女神シンシアもしくは泣き虫女神ナキメサワと呼ばれる1柱を守る運命を担う存在だ。


『その頃、東の沸騰海ボイリングシーに新しい島ができ、大規模な探検隊が編制され、2人も招聘されて、参加、と。ああ、これ、この前の、混沌の従神を封印して、それを外神にぶつけて退けたって事件だ。捨ててあった新聞で読んだぞ! 確か2人は婚約中でラブラブだったってマスコミが大騒ぎしていた奴だ』


 この西の都でも『第12火山島』探検隊事件は大きな話題になっていた。それとおなじくらい話題になっていたのが夜な夜な出没するという紅い鎧の正義の味方に関する事件だが、ウキグモが舞台の事件なのでこれとは余り関係がない。


『でも真相は潜むものダイバーⅡが放射線外部照射で焼き払って外神のとどめを刺したんだった。いいなー1度やってみたいなー放射線外部照射。で、黒幕は探検隊の隊長で、おそらく前世代の「女神の永遠の騎士」、「堕天した女神の永遠の騎士=呪われし者」ジェイミス・M・ハイランダー卿。あ、やっぱりMが入っている。どれどれ』


 画像データを引っ張り出す。


『げげ。やっぱり昨晩の分解男のフリしてたヤツだ!』


 白髪の偉丈夫、もうすぐ70歳に手が届こうという、探検家の中で並ぶものなしの英雄ハイランダー卿とあるデータの画像は確かに昨日の男だった。


『1ヶ月でこっちまで来たんだ~ 船を使ってきたにしても早いなあ』


ザインちゃん、さっきから何を1人でぶつぶつ言っているの?」


 今、現実のザインはセレーネと2人で街中を歩いている最中である。


『分解男、恐いなーって』


「君が分解されないために、自動人形管理局に行くんでしょ?」


 セレーネはザインの額をつんとつつく。


 こうして街中を歩いているだけでも、2、3体の自動人形とすれ違った。それぞれ、交通整理と販促をしている旧式の自動人形だったが、棒人間モードのザインよりは人間寄りの形状をしている。


 こんなにも多くの自動人形を街中で見るのはこの大陸中でも、西の都ウキグモ以外にはない。


 そもそもこの大陸で自動人形を持っているのは使役するために自動人形を作った秩序の魔道士か、ステータスシンボルとして所有する裕福な新興財閥関連の一族くらいなものだ。


 しかしウキグモでは10年程前に秩序の魔道士が起こした内戦、いわゆる『機械化の叛乱』で武装自動人形アームドを鎮圧側も叛乱側も予算度外視で作り続けたため、1万体近い武装自動人形または支援用自動人形が戦後、仕事を失って自動人形が街にあぶれるという奇異な事態になった。


 武装解除され、魔法力が十分に供給できる地方に移民した自動人形も数多くいる。だがそれでもまだウキグモには登録機以外の野良・非合法を含めると2千体あまりもの自動人形がいた。野良や非合法の自動人形の中には故障しても部品が足りないため、自分を直すために同型機を襲う自動人形がいたり、ただ単にバッテリーを奪うために襲う自動人形も現れている。それどころか未だ武装解除せず、徒党を成している武装自動人形軍団がいるような有様で、表でも裏でも大きな社会問題になっていた。


 そのためにもうけられたのが自動人形管理局であり、そこに所属する戦闘エリートであり、自動人形を処分する権限を持つ通称『分解男』は全ての自動人形の恐怖の的になっているのである。


 ザインのような野良の自動人形と思われる存在は、分解男の格好のターゲットだった。


 分解男の自動人形分解銃は、自動人形オートマタに対して最大の破壊力を発揮するように調整されている。生身の人間相手には22口径程度の力しか持たないが、自動人形オートマタに対しては小型のカノン砲並の威力を発揮する。


『うわー、思い出したくもない』


 セレーネはくすくす笑い出す。


「動物病院に連れて行くときのワンちゃんみたいだね、3ちゃん」


『否定できません……』


 ザインはしょんぼりする。


『ああ、動物病院と言えば!』


「?」


 ちょうど2人が商店街の中を歩き始めたときだった。


『おーい、棒人間スティックじゃないか~!』


 前からワインレッドの毛並みをしたオオカミ型の自動人形オートマタが現れ、ザインに声をかけた。


『マルコー!』


 ザインが喜びの声を上げると、マルコーと呼ばれたオオカミ型の自動人形オートマタはごついながらも人間型に変形アルターした。


『スティック、バラバラにされてなくてなによりだ』


「3《ザイン》ちゃん、お知り合い?」


 肩をたたき合う自動人形オートマタに対し、セレーネが奇妙なものを見たと言わんばかりの目をする。


『はい、野良時代に大変お世話になったんです』


『スティックのダチのマルコキアスというもので』


『え、ボク、マルコーの友達なの?』


『何を今更~♪ ダチもダチ、親友だろう、オレらさー』


 2機はバンバンと肩をたたき合い、いつの間にかガンガンと力一杯お互いを叩き始める。本当に親友かどうかはかなり怪しい感じだ。


『やめよう、エネルギーの無駄だわー』


『うん』


「3ちゃん、棒人間スティックって呼ばれてたのね。まんまだ」


『記憶回路が故障したことがあって、そのとき、スティックのお陰でオレ、ご主人のもとに戻れたんで』


『話せば長くなりますが、ジョミーさん、元気?』


『元気、元気。今度、高校生になるんだぜ』


『そっか~ 受験も上手くいったんだね。よかったよかった』


「うわ、すごい男友達感」


『ところでこの規格外の美人さんがもしかして探していたご主人かぁ?』


『とりあえずこれから仮にお世話になる人で、セレーネ様っていうんだ』


「仮だろうとなんだろうと登録上はわたしがマスターだかんね。しかしマルコーくんとやら、君は見る目があるねえ」


 セレーネはこれ以上ない褒め言葉をマルコーから貰って上機嫌だ。


『お前、このままマスターになってもらえばいいさー。こんな美人に使ってもらえるなんて最高じゃないかぁ』


『そうも行かない渡世の義理がございまして』


 ザインは嘆息する。


『そうか。まあ、引き続き頑張れー。そうそう、今日のリリィちゃん、猫耳だったさ』


『やっぱりリリィちゃんを見に行ってたのか~』


『今日もかわいかった。きっと彼女も心配しているぞ。野良じゃなくなったって報告してやれ』


『うん』


『じゃあな。野良じゃなくなくなったんだから会う機会も増えるだろ。スティック――じゃない、ザイン、サヨナラさー』


『ジョミーさんによろしくね~』


 そしてオオカミ型に戻るとマルコーは四本脚でてくてくと商店街を後にした。


「お友達いるんだ? リリィちゃんって?」


『動物病院のアシスタント兼看護用自動人形オートマタです』


「それでさっき……じゃあ、寄っていこうか」


『ええ? いいんですか?』


 セレーネは嬉しそうな顔をする。


「3ちゃんが喜ぶのが見たいし、お友達も見たいし、君のこと少しでも知りたい。この先でしょ?」


 いいご主人様(仮)だなあ、とつくづくザインは思う。


 セレーネはさっそうと商店街の中を歩いていく。


 不思議な子だなあ、と思う。


 部屋に置いてある服や調度品はだいたいがとても高価なものなのに、今、彼女が身にまとっているのは東の大陸で流行っているデニムの、元は作業着というファッションで、動きやすく、汚れても構わないような格好をしている。スラリとした肢体にぴったりとしたパンツルックで、足下も元はスポーツ用の靴というスニーカーだ。


 この商店街で買い物もよくするようで、今はお肉屋さんの店先でコロッケを買って頬張っている。


「おばちゃん、今日もコロッケ美味しい~」


「また夕方も来てね~」


「うん~」


 小さく手を振ってお肉屋さんのおばちゃんに別れを告げる。


「君もコロッケ食べられたら良かったのにね~」


『よく思いますよ』


「もしかしてこの先の動物病院?」


『そうですよ』


「わたし、もしかして見たことあるかもしれない」


『それは偶然ですねえ』


 そしてしばらく歩くと、くだんの動物病院の前まできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る