第1章 野良自動人形拾われました

 西の都、ウキグモ。


 東の貿易都市オンポリッジが東の大陸への玄関口であるならば、ウキグモは未踏派大陸への窓口である、日々、激化する資源開発の中、無数の開発会社がしのぎを削り、街に利益をもたらし、ウキグモは毎年のようにその輪郭を広げている。


 行政が民間の開発を制御できないことはままあることで、この発展著しい街でもその例に漏れない。区画整理され、新規開発される美しい街区がある一方、取り残された街区も広いエリアに点在する。


 よく言えば下町、悪く言えばスラム街になりかけているのだが、そこには貧しい人々から中産階級の人々が住み、活気に満ちてもいる。


 アップタウンと比べればまばらなものの、この街区にもガス灯の街灯があり、その明かりの下を影が力なく動いていた。


 シルエットは人のものとはとうてい思えないほど細く、一見して自動人形オートマタと分かる。しかも普通は見ない、棒人間のような形状をしたタイプで見るからにひ弱そうな上、流行遅れのデザインだった。もともと戦闘用途が多かった自動人形オートマタは民生品になってからも少し軍用デザインが残った。今、ふらふらと夜の街路を歩いている棒人間型の自動人形オートマタには鎧のような軍用デザインが色濃く残っている。しかも真っ黒というのがもう、生活用の製品ではない感じだ。


『お腹減った……』


 棒人間は機械音声メカニカルボイスで弱音を吐いた。弱音を吐くエネルギーすらもったいないのだが、吐かずにはいられないやるせなさだった。


『私のマーカーはどこにいるんでしょうね……』


 もう姿勢制御すらままならず、ふらふらと歩く。ついには街路灯脇のポリバケツによろよろと倒れ込み、ひっくり返してゴミまみれになってしまう。


『ボク、このままロストしてしまうんでしょうか……』


 棒人間は天を仰いだ。


 大都会の空は雲がほとんどないのにも関わらず、星がほとんど見えない。


『なんにも貢献しないままでロストしたくないなあ』


 棒人間が嘆いたタイミングで彼の魔力センサーが反応した。


『うわー、信じられない! マーカーの反応ありだ~♪ しかもボクを探している~♪』


 “マーカー”こそ、棒人間が探し続けていた彼の主である。この世界にやってきて早半年、エネルギー切れ寸前にマーカーと出会える僥倖を棒人間は女神に感謝した。


『ボクは~♪ ここでーす~♪』


 弱々しく機械音声でマーカーにアピールする。


 マーカーの反応はあと1ブロックしか離れていない距離にある。


 もしかしたらもう聞こえたかも、と棒人間は淡い期待を抱いたが、角を曲がり、ガス灯の明かりに照らし出された男の姿を見て一転して戦慄した。


 真夏だというのに長いトレンチコートに軍用デザインのシャツ、そして手に大型の拳銃を持っている。一目で分かった。


「ぶ、ぶぶ、分解男!!」


 白髪の好々爺といった体の偉丈夫は棒人間の姿を認めると言った。


「私は分解男ではない」


 分解男とは秩序の魔道士協会に所属する自動人形オートマタ専門の壊し屋の通称である。今の棒人間のような野良や法を犯した自動人形やを処分するのが仕事だ。たいてい変なくせがついている野良の自動人形はバラバラにされた後、再組み立てされる。その際、元の性格や記憶は全て消去されてしまう。この街の自動人形にとって畏怖される存在、それが分解男だ。


『う、嘘だ~! その自動人形分解銃がなによりの証拠だ!』


「野良自動人形のフリをしても無駄だぞ。潜むものダイバー


 偉丈夫は微かに笑みを浮かべた。


「ことが済んだ後になって思い出すというのは、何者かに糸を引かれているのだろうが、あえて乗ってやる。こんな西の果てに未登録の潜むものダイバーがいるとはな。先の苦労が馬鹿げたものに思えてくる」


『あなたがボクの“マーカー”――いや、違う、違うぞ。この反応は「呪われし者」じゃないかああああ~!!』


 棒人間が魔力センサーを確認すると、最大級の警戒アラートが点灯していた。間違いなく、つい先日、同型機から緊急配信されたばかりの『呪われし者』の反応だった。魔力不足がこの誤認を招いたのかといえばそうではないのだが、この運命を棒人間は呪った。


『こーんなことならロストした方がぜんぜん良かったぁ〜! ボクが呪われし者の鎧になるなんてイヤだぁ~~! 誰か助けてぇ~~!!』


 その叫びが聞こえたのか、ガス灯の明かりに照らし出される人影がもう1つ。


「どうかしたんですか?」


 棒人間が振り返ると東の大陸発祥のデニムルックにギターが入ったギグバックを背負った美少女が現れた。


 長い灰色の髪に少しつり上がった赤い瞳。


 ほっそりとした体つきに、すっとした卵状の輪郭をした顔。


 小さめで、薄い唇につんと小さめだが形が整った鼻筋。 


『め、女神様――!!!』


「――姫?」


 棒人間と呪われし者が同時に言葉にした。


 美少女は状況をある程度理解したように二、三度頷くと、自動人形分解銃を持つ呪われし者に言った。


「分解男さんですね。お仕事お疲れ様です。でも、その子、ウチの子なんです。買い物に行ったきり行方不明になっていて――」


 呪われし者が自動人形分解銃の銃口を美少女に向けた。


『だあああああああ!!! 展開デプロイメント!』


 呪われし者がなにをしでかすかなんて、誰にも予測はできない。ここは文字通り、古来より、異世界から伝わる兵法を実践するしかない。


『三十六計逃げるに如かずぅ~~だああ!!』


 棒人間は省エネルギーモードから元の全身鎧姿に戻り、全ての鎧を展開すると灰色の髪の美少女を包み込み、ギグバッグを手に後方に跳躍する。予備エネルギーを全て費やす緊急脱出モードだ。  


 呪われし者は自動人形分解銃を数発撃つが、狭い街路である。すぐに棒人間――潜むものダイバーは角を曲がり、銃弾から逃れる。


 エネルギー残量はもうゼロに近い。


 しかしこの世界の女神をみすみす呪われし者に奪われるなどということは潜むものダイバーとしてあってはならないことだった。


『エネルギーが尽きたら女神様を解放して、自爆しよう』


 跳躍して道路脇の塀を登り、建物の屋根の上に更に飛び、そして中層ビルの屋上へと飛ぶ。


「なに物騒なこと言っているの、この子は? それに何、これ、あなたの中? 勝手に身体が動いてる!」


 着装中の美少女の声を聞き、潜むものダイバーは応える。


『左様です。助けてくださってありがとうございます、この世界の女神様。でももうボクはエネルギ-切れです。あいつはこの世界で今1番危険な奴です。どうかボクが動かなくなっても――』


 予備エネルギーが切れ、強制スリープモードが始まるアラートが点灯する。


 その前にこの世界の女神様を解放し、自爆モードに移らなければならない。


 中層ビルの屋上に着地すると潜むものダイバーは鎧を展開し、美少女を解放、そして省エネルギーモードの棒人間になるとその場に倒れ込み、額のⅢの文字を点滅させた。


「え、何、これ、もしかして??」


『鹵獲防止のための自爆モードです』


「やっぱり~~だからそんな物騒なことを言うなって!」


 美少女の慌てふためいた声が聞こえた。しかしもう爆発まで5秒もない。


『エネルギー切れなんです――離れて――』


 そこまで言いかけたところで潜むものダイバーは強制スリープモードに移り、彼の動作は停止した。

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