第20話 費用対効果を考察するのは大事

 もう少しで日付も変わり、また残された今年の日数が減るという頃、ついに黒鉄の械人カイジンと補助AIはプレイヤー同士の交戦に罰則ペナルティが科される特別区に辿り着く。


 退廃的な外縁部と異なり、巨大な水路で区切られた市街地には煌々こうこうとした明かりが灯っており、何処どことなく不夜城の印象を抱かせた。


『取り敢えず、転送ポータルの登録を済ませないとね』

ようやくく、無為むいな戦闘が避けられるな……』


 秘匿ひとく性が高い某掲示板の書き込みによると、UnderWorldにログインするアプリを手に入れた者は皆、ここに至るまで先達せんだつの洗礼を受けるらしいが、狩られる側にしたら面倒なこときわまりない。


 お陰で稼ぐつもりのない仮想通貨を対人戦闘の末に得て、微妙な座り心地の悪さなど感じているのが中の人、高遠たかとう史郎の現状であったりする。


 意外と小心者な部分のある彼は密かに溜息してから、幾つか架けられた橋の一つを渡り、街の入口脇に置かれていた円柱状の端末へ手を触れさせた。


 ―― Register current coordinates to the app ――


 “現在の座標をアプリに登録” といった通知が英語表記で、黒犬ブラックドッグの仮面を構成するあかいバイザーの内側に流れ、没入ダイブ地点に無銘都市が追加されて選択可能となる。


 これで初期からある都市郊外を選択して、幾つか用意されている不規則な場所へ、問答無用で飛ばされる恐れは無くなった。


『さて、最低限の目的は達成したが……』

『折角だし、街並みでも眺めながら歩きましょう♪』


 そう電子の妖精が耳元で囁くやいなや、右腕にまとう大爪付きの部分装甲が解けて現化量子の燐光となり、全身をシックなよそおいでととえた金髪緋眼の少女に再構成される。


 上機嫌なクリムは半弧を描くような足取りで反対側にまわり、硬い手甲におおわれた械人の左腕と自身の腕をからめて歩き出したので、彼女のマスターは人目を気にするも、ほとんど大通りに人影はない。


 それは都市の中心部であろうと大差なく、この仮想世界で拠点となる区域の規模に対して、滞在する者達が少ない事実を物語っていた。


「うぐぅ、過疎かそってる」

『いや、まぁ、大方の予想は付いたけどな』


 以前にサービス終了で消滅し掛けたクリムは柳眉をしかめるが、政令指定都市の一区画に近しい約15㎢の敷地面積に加えて、千名前後に過ぎない遊戯者の総数も考慮すれば、色々とむをまい。


 又、電子の海に散りばめられた指標を見つけ、此処ここ没入ダイブするまでのハードルは非常に高いため、早々に無銘むめい都市がにぎわうことも無いはずだ。


(一体、どういう了見りょうけんでいるのやら……)


 時折ときおり標榜ひょうぼうされている社会実験という言葉、類を見ないほど精巧な仮想世界の維持に割り当てられる膨大な各種資源リソースや、様々な付随ふずい的労力を念頭に考えると鵜呑うのみにはできない。


 何をって投じた費用コストに見合う成果とすのか、茫洋ぼうようとしてつかめないのを疑問に思う史郎の聴覚が軽妙な音を感じると、メッセージの着信を告げる補助ウィンドが網膜に投射された。

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