　余談ながら、某救世主の降誕祭を過ぎると世間一般では年の瀬になり、駆け込みの忘年会や納会（のうかい）が企業ごとに行われて、正月の初週まで及ぶ長期休みに入る。

　家庭持ちなら親戚の挨拶廻（まわ）りなど忙（せわ）しないことも多く、旦那の実家に連れて行かれた長男の嫁あたりがブチ切れる訳だが… 独身の若い者達には関係なく、職場の飲み会ラッシュさえ乗り切れば、後に待つのは自由に過ごせる貴重な時間だ。

(それがVRMMOの仮想空間で費（つい）やされるの、純粋に喜ぶべきか、悲しむべきか)

　“年末の仕事に忙殺されて、殆（ほとん）ど来れてなかった事実もあるけどね” と考えつつ、械人（カイジン）たる “黒犬（ブラックドッグ）” の固有能力で大爪付きの追加装甲に再構築され、その右腕と融合しているクリムは共有状態の視覚にて、売られた喧嘩の相手を観察する。

　眩（まばゆ）いボディアーマーを纏（まと）った “銀拳（シルバーフィスト）” の体躯（たいく）は絞り込まれており、一切の無駄がない隆々とした筋肉を誇る細マッチョなものの、双方の攻撃手段が格闘なので戦闘自体は地味であった。

　“UW” とも略されるARPGの仮想世界に於（お）いて、各プレイヤーの拠点となる無銘（むめい）都市の郊外だけあり、疎（まば）らに集まって半壊した建物等の残骸へ腰掛けた野次馬の観戦者達からすれば、少々退屈な絵面（えづら）である。

(まぁ、当人たちが楽しそうだから良いけど……)

　この敵械人、マスターと同じく格闘ゲームに嵌（はま）っていたようで、一つひとつの動きが “路地裏の拳士（ストリートファイター）” を彷彿（ほうふつ）とさせるのだ。

　瞬歩で詰（つ）めた刹那、飛んできた左脚のハイキックを見切り、黒犬（ブラックドッグ）が右腕の追加装甲で受け止めると間髪入れず、蹴り脚を降ろす動きに合わせて上から右拳で叩き付けるような強打を放ってくる。

『ぐッ！！』『かはッ！？』

　左鎖骨あたりに直撃した剛拳は胸部装甲の一部を砕くが… そこからの連撃（コンボ）を止めるべく、カウンター気味に突き出した大爪も銀拳（シルバーフィスト）の腹部装甲を穿（うが）っており、仲良くよろめいてから数メートルほどの間合いを取った。

　ここまで幾度か殴り合っているにも拘（かか）わらず、双方が健在なのは近接特化の耐久性故（ゆえ）であり、低い防御力しか持たない “姿なき狩人（インビジブル）” とは違うのだろう。

　さらに言うと、敵械人は自らの攻撃など阻害（そがい）しない程度に発動する自動防御を有（ゆう）しており、結構な確率で攻撃を防がれるため、厄介な存在と言えなくもない。

『ははっ、黒犬（ブラックドッグ）、あんたも格闘ゲーをやり込んでたクチか！』

『嗜（たしな）み程度にはな、お前の再現度には驚かされたよ』

『こっちは必殺コンボの端緒（たんしょ）を悉（ことごと）く潰されて、しょんぼりだけどな！！』

『いや、一発貰（もら）ったら、最後までいきそうで怖いだろ……』

　取り留めのない軽口を交わしてから、にやりと仮面の下で嗤（わら）った二人は其々（それぞれ）、手甲に覆（おお）われた両腕へ現化量子の燐光を発露させて、示し合わせたように駆け出した。

― 参考情報 ――

通称：シルバーフィスト(世良陽紅（ようこう）)

分類：超人系

武器：鉄拳・強脚

技能：動体視力及び反応速度の向上

特技：反射による不随意な防御

位階：第一段階

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