第9話 仮想世界の片隅で厨二セリフを叫ぶ

 自由度が高すぎて、もはや脱線気味ではあれど、此処ここはアクションRPGの世界であり、没入ダイブした電子体には各種のゲーム内機能が付加されている。


 それを把握はあくしないと上手く立ちまわることすらできず、娯楽として存分に楽しむことは難しいだろうし、他にも大きな問題があった。


 仕様上の都合でみずからの見掛けを変更できないため、脳内に刻まれているリアルな姿が反映されてしまい、常に身バレの危険性をともなうのだ。


(その結果、多くのプレイヤーは素顔が見えない “械人カイジン” の状態で活動すると……)


 事前に仕入れた情報をかえりみて、史郎は郷に入っては郷に従えの精神でウィンドウ表示を見流し、深層心理が反映されるという武装の項目にあたりを付ける。


「俺の固有兵装は… “黒犬ブラックドッグ” ?」


「…… 何気にケモナーよね、私に狐耳と尻尾を生やすくらいには」

「いや、女の子だから可愛いのであって、野郎が獣耳ケモミミを付ける意味が分からない」


 追加のタップ操作により立体画像として投影されたのは黒鉄の械人、犬と言うだけあってあかいバイザーがめ込まれた仮面の横手には、ドーベルマンのような断耳だんじ型で尖ったモノが付いており、少しだけ斜め前方へ突き出していた。


 すらりとしている全身を見れば、金属質な部分装甲が胸郭きょうぶや四肢などにほどこされており、速度重視の姿形でも堅牢な印象がある。


 ただし、モブっぽいありきたりな雰囲気はぬぐえない。


「ん~、なんか、これと言った特徴が無いのはマスターらしいね」

「うぐっ、日々無難に生きようとする生活スタイルが反映されたか」


 ともあれ、いつまでも脆弱ぜいじゃくな電子体でいるのは危険なため、にやつくクリムに見守られながら、少々恥ずかしいものの史郎は割り当てられた定型句を呟く。


「転身、“荒野を駆ける獣 ”」

「ぷぷっ、厨二ちゅうにだ、厨二がいる」


「…… 言ってくれるなよ、個別に決まってるんだ」


 指差して笑うAI少女に不満をこぼしつつ、現実世界では研究段階にあり、様々な取り組みが行われている現化量子の燐光に包まれて、彼の現身アバターが変わっていく。


 突然の発光現象が収まると、事前に確認した立体映像と寸分違わない黒鉄の械人が一体、静かにたたずんでいた。


「あれ、こうして見ると、それなりに格好良いかも?」

「まぁ、変身ヒーローには浪漫があるからな」


 黒光りする手甲におおわれた両掌をにぎにぎと動かして答え、ざっくりとボディアーマーを着込んだ身体の各部に向け、視線を移して確認する。


 続けて、この姿でしか呼び出せない専用のウィンドウを虚空に浮かべ、各能力値など見遣みやれば速度や、突破力を重視した格闘戦特化のインファイターであると知れた。


「えっと… 特技にある “疑似人格との融合” って、あんまり想像できないんだけど」


『どうだろうな、分離できるようだし、一度試してみよう』

「ちょっ、待って、心の準備が!?」


 慌てて止めようとするもすでに遅く、本作では重要性の高いスキルにあたる特技は無視できないため、先ほどよりも躊躇ためらいいなく史郎が仮面越しのこもった声で鍵となる言葉を囁く。


 その瞬間、クリムの身体は現化量子の燐光となってほどけ、黒犬の右腕にまとわり付くと、武骨な大爪付きの追加装甲として再構築された。



―― 参考情報 ――


通称:ブラックドッグ(高遠 史郎)

分類:獣人系

武器:鉄拳・強脚

技能:聴覚及び嗅覚の強化

特技:疑似人格との融合及び分離(固有)

位階:第一段階

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