第6話


 朝七時。

 現在私は社長に呼び出されたので出社し、とりあえず開発部の部屋に荷物を置きにした次第だ。

 

「はぁ......」


 ため息をつきながら車に施錠をする。此処まで出社が憂鬱だったことは今までにあっただろうか。

 公式配信で切り忘れた上にVTuber事業の要である配信用ソフトのソースコードも晒したし、そしてSNSのトレンドにも乗っかってしまった。もう怒られるで済むのかなあ。

 

「あ、おはようございます。昨日の配信良かったですよ」


「配信でもかなりキマってましたねー」


「マヤちゃ、配信おもろかったよ」


 社員やライバーとすれ違うたびにこれである。なんで皆こんなに話が早いんだ。

 まあ正直ソースコードも配布されているレベルなので何ら問題はないのだが、これから新人ライバーが発表されるというのにスタッフが切り忘れたということでSNSでは既にバズり散らかしてしまうというとんでもない状況に陥っているのだ。


「もう後戻りはできないよなあ.....」


 最早どうすればいいのだ。

 

「おはようございまーす......」


「おはようございます」 


「おはよー」


 泣きそうになりながらも開発部のドアを開くと、挨拶してくれた後輩とその傍に鎮座するおっさん。我が後輩君、宮本透真と弊社社長でありあんぷろ代表、山本の二人がそこに居た。

 後輩はいつも通り落ち着いた感じで社長はふわふわしている。何も変わらない分余計に何考えているかが読めなくて凄い怖いのですが。


「とりあえず来たよん。配信どうだった?」


「すみません。切り忘れました」


 普段は散々に言っているが今回に関しては完全に私のミスである上に配信という特性上、取り返しがつかない為にもう謝ることしかできないのだ。

 

「そうだね。切り忘れてたねえ」


「すみませんでした」


「いやあ、公式でやらかされるとなあ~」


「あの社長、先輩で遊ぶのもほどほどに要件言ったらどうですか?」


 ニヤニヤとした表情でそんなことを言う社長にジト目を突き刺す我が後輩。そしてそれを流すように社長はこちらに向き直る。


「えーとね、バズったやん」


「はい」


「だからライバーになってくれない?」


「..........はい?」


 そう言うと社長はスマホに映した画像を私に差し出してくる。

 画像には会議室に集められたライバー達と社員さん、そして社長と私たちの配信を映すスクリーン。


「いやさあ、ネタバラししちゃうとさ。実は会議してたのはほんとなんだけど土壇場で君を配信に放り込んだらどうなるんだろうっていう話でみんなで見てたんだよね。そしたら満場一致でこいつはライバーにしたら面白いって話になったんだよ」


「いやどういうことですか?」


「だからそのままだよ。僕たちとしては君にライバーとしても活躍してほしい」


「え、もしかしてあれ選考だったんですか?」


「君がこの話を蹴るのであればただ会議をしていたことになるけど受けてくれるのなら選考をしていたことになるね」


 えぇ......。


「ちなみに私が渋るとかは考えなかったんですか?」


「いや君なら出てくれるでしょ?」


 ちなみに後輩の方を見るとニヤニヤと笑っていやがった。とりあえず後輩君、後で缶コーヒーの一本でも私に奢れ。


「んでどうする?まあ断っても良いけどやっぱ配信者サイドに来てほしいなあっていうのが僕たちの総意だよ」


「開発部門はどうするんです?」


「兼業してもらう予定。給料も勿論上げるよ」


 まあアンカー側の開発部とは違い、製品開発も何もないから此処の開発部は新人ライバーが入るとかライブがあるとか繁忙期に入らなければそれぞれ好き勝手に色々やってるような部署である。正直兼業しても無理はない。


「ちなみに何期生って扱いなんですか私」


「四期生」


 現在あんぷろには三期生までライバーが居る。そして現在私たちがせっせとモデル制作などに勤しんでいるのが四期生である。

 つまり発表は来週、初配信は再来週である。


「モデルとか企画とかどうするんですか」


「モデルはもう仕上がってるから設定だけちょっと詰めてくれれば急いで背景とかオープニング素材とか作るよ」

 

 無茶だけどギリギリできない範疇ではない様だ。


 現在私の手元にあるモデルはもうほぼ完成形であるし、幸いなことにまだ4期生たちが全員書かれているイラストがあるとか、商品計画が出ているとかいう訳でもなんでもない為、ギリギリまで変更を加えることはできるようになっているのだ。


 つまり会社としても低コストでもう一人、成功というか人気がある程度確立されているライバーを投入することが出来るという話だろう。


「ちなみに開発部の皆さんは何と?」


 一応私が聞くと、今度は後輩が口を開く。


「俺も皆さんも別に良いんじゃないのか?応援するぞ?って言ってましたよ。あと先輩も行ってみたいんじゃないんですか?ライバー側に。そうじゃないとあんなに絡みにいかないと思いますけど」


 確かに楽しそうだなと思って近づいていたところはあるかもしれない。それにリスナーの方々も来てほしいって言っていたし。


 だけど何より――――もう後戻りできる雰囲気じゃないのだ。


 もうさ。皆SNSでアオイが発した公式配信の予定変更の告知で色んなライバーが『一緒に配信しようぜ~』とか『次期ライバーさんですか』とかリプしてんだよ。内堀も外堀も埋められてるのだ。

 

「それで、やってくるかい?」


「わかりました。やりましょう」

 

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