第9話 Sadness is a cool gun

9、陵史 10th, July  


 朝、学校。僕は入部した時と同様秋音に首根っこを掴まれていた。

「かし君、今日こそ部活来るんだ?」

その状況を悟ったのか千紘が話し掛けてきた。

「まあ、たまには顔を出さないとね。」

「その構図で言われても説得力ないんだけどね。」

放っておいてくれ。

「いや、そんなはずはないだろ。

今日からテスト週間じゃないか?

いつから軽音部はそこまで熱血な部活になったんだよ?」

「元からよ!」

お前だけはいつもこんなんだろ。

「でも部室の鍵は貸してもらえないんじゃないかな?

特に秋ちゃんだって成績良い方じゃないし。」

それは知らなかった。要領良さそうに見えなくもないのに。まあ彼女の場合、パラメーターを部活に全振りしてるのだろう。ここまで来るといっそ清清しささえ感じられる。今日の千紘はやけに毒舌だ。

「いや、そこが難点なのよね。

仕方ないから合鍵を造ってきたわ。」

いや、それ造ったのお前じゃないだろ。そもそも、そんなの造っちゃ駄目だろ。

「嘘よ嘘。

いくら私でもそんなことしないって。

職員室に落ちてたのを拾ってきたの。」

それはかけてあったの間違いでは?

「なーんつって。

本当はこれ、私の家の鍵でした~~。

あっはっはは~。」

………。

「かし君、本当に気付かなかったの?」

「お生憎様。」

知ってたならそれこそツッコんでくれ。

「いや、だって部室の鍵ってどれも似てるだろ。

あれはどう見ても家の鍵だ。」

紅晴がそんな当たり前みたいに言うと、余計悲しくなってくるだろ。

「まあそれはそれとして、当然今日は部室には行けないわよ。

だから良い機会だし、貴方の楽器を買いに行きましょう。」

そんなコンビニ感覚で言われても困るんだけど。

「大丈夫。

別にどんなものがあるかの確認だけでいいから。

私だってテスト前だからそんなに時間割けないし。」


 ということで、放課後。ガールズバンドのクラスメイト三人と藤沢駅で降りて、僕らは楽器店へと向かった。それはもう、目と鼻の先と言っても過言ではない近さだ。言われてみればこんな所にあった。人は興味のないものにこれ程注意を払わない生き物なのだ。そして取り敢えず中に入る。話を聞くとどうやら一年生は五月の段階でとっくに楽器購入を済ませていたらしい。二ヶ月弱の遅れ、或いは二ヶ月弱秋音の勧誘をかいくぐっていたということになる。まあ頑張った方ではないだろうか。それに一年生は五月の終わりにはもうバンド決めまでしていたらしい。バンドを選べない僕とはえらい違いだ。僕は取り合えず掛けられた様々なギターを見てみた。でも何を買うべきか買わないべきかの知識や、何が欲しいかの下調べもしていなかった僕はそこに立ち尽くした。そんな時だった。

「なになに、りょうくん、ギター始めるの!?」

「え。」

隣にはなんと姉さんがいた。一体何処から湧き出てきたんだろう。

「美容院に行ってたの。

そしたらたまたま貴方がここにいるのが見えたから。」

「へえ、陵史の家ってそんなに近いの?」

秋音は姉に礼儀良く挨拶するとどうやら気になったらしくそんな質問をしてきた。

「うん、十秒で着くわよ。」

信号無視して走るな。

「ていうかギターなら私が用意しようか?」

「え?」

「知り合いにプロのバンドやってる人がいるから貰ってきてあげる。」

貰ってくるのか。僕は姉へ貢がれたギターで音楽を始めるのか?

「いいよ、ユーズド・ショップでそれなりのものを買うから。」

相変わらず姉さんの交友関係は謎に包まれている。例えばある日いきなり姉さんが僕の前に全く知らない男を連れてきて

「私彼と結婚するから」とか言い出したって僕は驚かないだろうな、そんな気がする。

「何かアドバイスとかある?」

「折角だし、皆揃ってウチに来たらいいんじゃないかしら?」

いや、姉さん。そんな余計なセリフを期待した訳じゃないだけど。


「おっじゃましま~~す!!」

「どうぞどうぞ!

ゆっくりしってて~。」

一分後の自宅、皆が来ていた。

「あれ、千歌さんお客さんですか?

って…あれ?」

リナが出てきてしまった。あーお客様困ります。勝手に何やら想像して頂いても、ここには何にもないんですから・・・当然気まずいとかいうレベルの話ではない。まあ秋音とか、これを楽しみに家に来たんじゃないかとも思われたが。

「あ~、え~と・・・、部活に行ったんじゃなかったの?」

彼女も時既に遅しと悟ったのだろう。話を逸らしに来た。今日一のナイスアシストだ。僕は彼女に詳細を話した。

「なるほど・・・。

えー・・・、樫江君のお家でお世話になってます。

その、コニチワ。」

日本語が苦手な振りして通用する訳ないのだが。

「なんか聞いてはいたけど、こう見せ付けられるとやっぱ違うわね・・・」とか秋音が言い出した。勘弁してくれ。

「悪いけど事情が事情だ。

くれぐれも内密に頼む。」

一同をリビングに通すと姉さんとリナが早速お茶請けの準備をし始めた。

「ねえ、陵史の部屋はどこにあるの?」

ほらみろ、早速来たじゃないか。僕の勘も捨てたものじゃないよな。

「あ~それなんだが・・・。」

出来ればリナの手前部屋には誰も入れたくない。

「りょう君の部屋なら階段上がってすぐ左のとこ~~。」

全く久しぶりにこの姉にイラついちまったね、なんてことを言ってくれるんだ。腹を空かせた虎の群れに人間を放り込む様なものじゃないか。けど彼女からしたらそれは面白いほうに三千点なんだよ。あのにんまりした顔、絶対わざとだもんな。

「じゃ、早速伺いましょう!」

場所が分かると言うがそう早いか彼女はまるで腕が二本あるのは千紘と莉乃を連れて僕の部屋を見に行く為で、足が二本あるのは僕の部屋を一刻も早く確認する為だと謂わんばかりのスピードで居間から消えていった。ちょっと待ってと言う時、人は待たないという説を証明したいくらいだ。いやそれって鶴の恩返しで言われてるのか・・・とかなんとかどうでもいいことを思いながら僕は自室へと急いだ。結論から言うと、まあ無駄だった訳だけどさ。

「ここかーーー!」

バーーン!!

 秋音がドアを開いた。案の定いきなりの来客の為しまい損ねたであろうリナの私物が幾つか転がっていた。

「あれ・・・これリナっちの部屋じゃない?」

いつから彼女にそんな可愛らしいあだ名が付いたんだ?いや、今はいい。唯一事情を知っている千紘はなんだか好奇心半分怖さ半分と言った顔をしている。莉乃は…相変わらずポーカーフェイスだ。尤もその目は興味がある様で色々な所に焦点が当てられていた。まあ千紘が知っているのだし秋音もそう簡単に皆にべらべらと全部話す様じゃないだろうからこの際打ち明けておくか…。

「ここはリナとの兼用部屋なんだよ。」

「…は?」

今度は秋音が固まる番だった。誰も幸せにならない。

「それ、ヤバない?」

唯一彼女はそれだけ言った。うん、僕もヤバないと思うよ。周りから言われるとこの生活に一ヶ月が経ち始めて慣れ始めている自分のヤバさ加減が良く分かるというものだ。全く、慣れって恐ろしいよね。実際問題、僕と彼女の生活は遮光一級のカーテン一枚を隔てているだけだ。何とも言えないまま部屋を物色されると(わ~ほんとに私物が二つに分かれてる~とかの声があがった)僕らはリビングに戻ってお茶をした。結局他にすることもそれ程多くなかった。お茶を飲み終えてそれぞれがテキト~に話をするとお開きになった。まあ急に集まったってこうなるのは目に見えた話じゃないか。でも皆が帰る頃にはすっかり日が暮れていた。全く予想外の出来事だったよ。

「ま、いっか。」

いいのか。

「それより、文化祭のセトリを決めましょ。」

「セトリ?」

「セットリストのことだよ、かし君。

つまり何を演奏するか決めるってこと。」

「皆は何がやりたいんだ?」

「まあ、構成的にはガールズバンドのカバーが妥当かしら。

でも私、屋上に上がり込んでライブをしたいの。」

「出だしはドンド・レット・ミー・ダウン?」

「北英のルーフトップ・コンサート。

面白そうじゃないか。」

「数分で三十件は苦情が来そう。」

「しかも同じ家から。」

「警察が来ないだけましじゃない?」

「まあ、教師に俺たちは逮捕出来ないもんな。」

「危険思想よ、それ。」

「窓ガラスを割るよりはいいんじゃないかしら。」

「あれは故意の犯行じゃない。

たまたま割れたのが僕の番だったんだよ。」

「危険思想ね。」

「事故を起こす人ってどうして言うことが皆同じなのかしら?」

「確かに窓ガラスさんに問題はないでしょうね。」

「でも伝説になるんじゃないか?

新校舎の屋上はたしか使用出来るはずだ。」

「屋上の鍵は部室の鍵と一緒だったはず。

機材の持ち運びは前夜にでもこっそり済ませておきたいな。

最悪コンセントは二階のうちのクラスから延長コードでまかなお。」

「もしかして、マジでやるつもりなのか。」

「?当たり前でしょう?」

「まあ、貯水池で泳ぐよりはマシかもな。」

「貯水池で泳ぐ?」

「たとえ話だよ。」

「あれは楽しかったね。

また梅雨が明ける前にやろう」

「二度とやるか。」

「でもガールズバンドなんだよな?」

「陵史、貴方って歌える人?」

「待ってくれ、トップバッターを僕にするつもりか?」

人はそれを戦犯と言うんだぞ。

「でも面白そうでしょ」彼女がニヤリと笑って問いかける。

「その通りだ。

文化祭なら、許されるかな?」

「「いや、絶対無理でしょ。」」

おい。

「リナは歌えるの?」

「そうね、少しはお役に立てると思う。」

「決まり、じゃあ洋楽を他に一曲やりましょう。

最後にガールズバンドのカバーでおしまい。」大まかな構成を決めて、各自が何をやりたいか考えてくる、ということで話し合いは終わる。


 こうしてテスト期間はあっけなく終了した。リナは好成績を残したが、僕は相変わらず低空飛行だった。まあ補修にならなければ文句はさらさらない。だって全然勉強していないのだ。そして見る限りそれは秋音等も同じ方針らしかった。総合の授業になると、それぞれの机の前に一枚の封筒が配られる。文化祭準備前にやった模試の結果だ。学校の成績の基準の他に年に二回ほど行われる。そこにはこの学校内外のランキングなどが書かれている(しかしその点数は思い出せない。もちろん良い結果ではなかったはずだ)。そして文化祭がある年のみに行われるMBTI性格診断というのを受ける。その十六種類にタイプファイされた診断結果について、少し分厚い書類の中に入っていた。内容はそれほど難しいものではない。ただ十五分ばかり質問についてイエスとノー、またはそれらの間のどれかを選んでいく。そこで生徒たちは自分の模試の結果と同時に自己の傾向みたいなものを把握しておくわけだ。そしてそのような試みは将来何をするかの参考値としても適用することが出来る。企業によってはこの性格診断テストを利用することもあり、実際にこのテストは一定の信用を満たしているようだ。ただしその書類を見るにあくまでそれは「暫定の自身の傾向」であり、年を経ると変わることもあるらしい。ただ卒業と同時に就職をする人々からすれば、この時期の結果はそこそこ重い意味を持つかもしれない。そして実用的であるという点では、模試なんかよりもちゃんと見るべき項目であるかもしれないのも確かだ。模試の結果は一時的なものだが、この性格診断はかなり長い間自身に適用されることになることもありうるからだ。そして経験上、人間はある日急にパーソナリティを変えたりしない。実際に去年この時期に先輩たちが盛り上がっていたこともまだ記憶に新しい。それは誰も傷つけることなく有意義に盛り上がれる機会のひとつであるという点では、一つのイベントであるかもしれない。だから担任の幸ちゃん先生の話す順番なぞお構いなしに皆はそっちから見ていった。そして直ぐにあちこちで会話が繰り広げられた大体は

「ねえ、模試の結果どうだった?」

「もう全然だった〜!

それより性格診断どうだった!?」

というものだ。やはりしょぼいくせに過酷な現実のテストなんかよりも、性格診断というわけだ。まあそれも仕方ないかもしれない。何故なら文化祭準備の班分けはこの結果で決めるクラスが圧倒的多数だからだ。それは十年前に最優秀賞を取ったクラスがそうしていたことから生じたジンクスの一つだったし、学校側もそれを考慮して文化祭の年に性格診断を行っている。彼らは自分と同じ1/16の種類同士や、その十六種類を四分割したタイプで徒党を組み盛り上がったし、自分の診断結果と相性が良い診断結果が周囲にいることも面白いみたいだった。そこから恋愛が始まるケースもあるということを先輩が話してもいた。つまり文化祭当日、実行委員会によって行われる「北英マジック」という出し物によって、参加者は自身のプロフィール(学年と部活と趣味)と、その性格診断の結果を追記した用紙を提出する。その結果運営側が四条件を加味してお見合いを組むわけだ。馬鹿げているが、お祭りの熱気でかなり盛り上がるみたいだ。

「陵史の結果はどうだった?」

「模試?」

「まさか、組分け帽のことだよ」そう紅晴は言った。まるで模試なんてなんの意味があるんだといわんばかりに。こいつは大物だ。そして馬鹿じゃない。世界的に有名なイギリスのファンタジーにちなんで、それは「北英組分け帽」と言われていた。原作では魔法学校の入学式の日、生徒は「組分け帽」なる帽子をかぶり、その帽子が「お前は四つあるクラスの内のここが良い」とクラス分けを行うのだ。SNSには「北英組分け帽」というハッシュタグもあるくらいだ。もちろん他校でこんな言葉は通用しないが。そしてその映画が懐かしく感じられた。たしかリナの持ってきた本のひとつにその原作もあったはずだ。この伝統のお陰で高校の倍率は例年そこそこ高い。

「見るか?」

僕は机の中に入れようとしていたそれを渡した。あまりその結果を見る気にはなれなかった。自分の傾向を知っておくべき急いだ理由があるわけでもなかったし、どちらかと言えばその結果を見ることで他ならぬ僕自身が自分を決めつけてしまうかもしれないことに抵抗があったからだ。だから見てもいいがその傾向について言わないこと、結果名だけをこれから始まる北英祭の担当決めのために教えることを条件に彼に渡した。そして僕は周りの明るく、笑いながら傾向を読み合うのを静かに聴いていた。彼が僕に教えた結果は「INTJ」タイプだった。でも当たり前の話ではあるが、その四つのアルファベットから自分の傾向を推測するのは至難の業だった。そしてクラスのグループチャットには十六個分のノートが早速更新されていた。一応1十六個の真新しい「ノート」をスクロールしていくと「INTJ」型と書かれたものもちゃんとあることが分かった。そして文化祭実行委員によって

「組分けを明日発表するので全員今日中に自分の該当するノートに記名して下さい。

当日テストを受けていない人はこちらのサイトで受験するようよろしく!」とコメントがあった。何人かの生徒がそれにスタンプで返信していた。意外と仲の良いクラスなのかもしれない。何にせよ全員が全員どこかしらの居場所があるというのは悪くないことだ。こうして十七の春が終わり、文化祭準備が始まろうとしている。僕らは終業式を終え、夏休みへと突入した。


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