第10話 one o'clock jump

1st, August


「ちょっと〜〜。

また空き缶散らかして、なにしてんのよ。」

文化祭準備翌日、またの名を夏休み初日、朝の教室、女子の黄色い一声(ただし肯定的ではない)。執筆班のテーブルはさながら典型的な締め切り前の作家の惨状だった。影が青い。もう夏だ。なぜこうなっているのか、昨夜のことから説明しよう。


 まず午後四時に度し難い学校教育が終わり…、僕らは部活をする。夏も迫りくるあの太陽も沈みかけ…という午後六時に僕はやっと秋音からギターを肩から下ろして良いという許可を得る。それから浮かれていた僕らバンドメンバーは午後七時から一時間ほど、千紘の邸宅から車で五分もしないところにあるファミレスでコーラを片手に

「いえーーい夏休みだぜ!!」

と乾杯した。そして午後八時に帰宅し有難く我が家のメイドによるディナーを一時間ばかりかけて頂戴した。そこでの話題は組分け帽になった。

「あの伝統、まだ残ってるのね。」

「お姉さん、知ってるんですか?」

「知ってるも何も、あのジンクス作ったの私のいたクラスだから。」

初耳である。

「だってりょうくん、なにも聞かないから。」

「姉さんの組分けは何だったの?」

「さあ、それがよく覚えてないのよねえ。

どんな人間かみたいなのはそこそこ記憶にあるけど。」

「それで世界を飛び回るようになったわけだ。」

「そうかもね。

あなた達はどうだったの?」

「それが、私はその時まだいなかったので、今からやるんです。」

「へ〜。陵史は?」

「さあ、何だったかな。」

なんにせよ姉さんのクラスは画期的な作戦をしたわけだ。

「でも一つのクラス四十人いるから、順当に別れれば一つの型につき二、三人はいることになるわけ?」

「それはどうかしらね。

リナちゃんのタイプは今どうなっているか見てみた?」

「はい。思いの外固まってますね。」

「僕のところは?」

「貴方しか記名されてないわ。」

「随分とやる気のないタイプなんだな。」

「貴方にぴったりね。」

でもまあ、そういうこともあるかもしれない。なにせ十六もタイプがあるのだから。

「リナはどうだった?」

「ESFJ,領事館タイプ。」

「また随分すごそうなのを引いたね。」

「外交型、現実型、道理型、計画的、慎重…なんだかつまらなそうなタイプね。」

慎重?それから彼女は少しそれについて説明してくれた。

「有名人には サラ・マイセンがいるみたい。」

「ギターを渡すから何か弾いてみてよ。」


 その後、入浴後は自室でのらりくらいとしつつ、夏休みくらいゆっくりしたいな、などという幻想を抱きベッドに入った午前零時、早速クラスのグループチャットで「ノート」が更新された。そこには皆で事前に決めていた文化祭準備に必要な役職の名前が並んでいた。いや、明日更新とは言っていたけれど、あまりにも早くないだろうか?十六性格の中には「管理者」というタイプがあるらしいが、うちのクラスの管理者は随分と仕事が早いらしい。僕は一つ一つの役職を見ていった。役職の決め方は

そして僕の名前は執筆班のところにあった。


 そして執筆班の馬鹿が一人、急にグループ通話を始めた。彼曰く

「今から夏休みってことはいくらでも案が練れるよな!?」

ふざけている。しかし悲しいことに執筆班の人間は大半が夜行性が多いらしく、深夜一時にも関わらず、二つ返事でめいめいが通話に参加してしまう。これが俗に言う青春というやつなのだろうか。どうしてクリエイターは夜に作業しがちなのか?やっぱり周りが静かな時こそが彼らのゴールデンタイムなのだろうか。そしてそれが午前四時まで続き、リナに起こされて覚醒した午前七時。(リナ、制服を着て僕を起こそうとしているところを見るに、どうやら君は日本人学生の文化を知らないみたいだね…。いいかい?僕は、サマー・ヴァケーションなんだ。ユーノー?)いきなり彼女の持っていた霧吹きで顔面をプシュッと一吹き浴びせかけられ、午前七時一分に彼女は言う。

「ねぼすけな家主さん。

目はちゃんと覚めたかしら?」

お陰様で。僕は寝ぼけて目が上手く開かないことをいいことに彼女の標準よりやや短いスカート丈と、その中に収まっている一組の足を拝見しながら言う。

「今日の君の予定は?」

「文化祭準備よ」彼女はスマホでクラスのグループの予定表を見せながら言う。

「もちろん貴方も。

それに部活もある。」


 そして現在に至る。多くのライター陣は初日くらい徹夜をキメた後爆睡し、昼頃に起きて長い休みの始まりに祝福をあげる予定だったのだ。だから僕を含めめいめいがエナジードリンクや、それに類するもの(カフェイン錠剤とか、栄養ドリンク)を持参し、早々とそれを消化するも一度始まった議論は鳴り止まず、トイレに行くこともおろか飲み物も放りっぱなしでああでもないこうでもないと話していたのだ。舞台の小道具として美術部が自身の描いた絵のキャンパスにコンビニで買ったコーヒーをかけ、セピア色にしていた。もちろん現実が過去に見えるだけであって、実際に過去に戻るわけではないのだが。

「一度ゴミを捨てよう。」

そして僕は廊下に出るとトイレに寄った。まだ夏休み初日の午前中ということもあり校舎に人気はない。人が来るとしても上のグランドを使用する運動部か、午後からの文化祭準備くらいだろう。僕らのクラスはまだ地盤が固まっていないから早く来ているというわけだ。そしてまだ少しジメジメしているだけの夏の始まったばかりの日差しを見ながら、人生の一瞬の休暇が始まったなあと思う。自分の席(ライター班が黒板前の教室の角に人数分の机を集めただけのスペース)に戻ると僕らは今現在決まった事柄について一度確認し合う。


 1, 7~80年前のアメリカが舞台である。これについては色々と話し合いが持たれたが、僕らは「HOKUWOOD」というテーマに合わせるためにこうなった。ハリウッドって有名だけど、こんな田舎の高校生がどの程度知ってるかははなはだ疑問だ。


 2,年齢制限のかからないような殺人事件であり(僕はそこで笑った)、またそれに付随する観客たちの脱出ゲームである。つまり、ただの観劇ではなく視聴者参加型だ。脱出者目安は50%程度の難易度にする。


 そして僕らが今話しているのは主人公に対する悪役と、周囲のキャスティング(どんな登場人物を最小限に抑え何人まで出すか)と観客として参加する外部の人がなんの役割を持って脱出ゲームに参加するかであった。

「主人公はinvestigater.

つまり探偵ってことでいいのか?」

「いや、それは一般的な役回りの場合ね。

今回私たちが一番楽しんでもらうべきは…」

「観客。」

「その通り。」

「ってことはどうするの?」

「そのままの意味なら観客の役目を探偵にする?」

「そうしないと彼らは盛り上がらないと思うの。

結局推理モノの面白いところは謎を解き明かすことだから。

でも私たちが往々にして思うようなシャーロック・ホームズ…偉大なる一人じゃないっていうのが良くも悪くもミソね。」

「ホームズのポジションにタクミを入れるのか?」

「う〜ん、どうだろうね。

ここにはそういう人間はいないんだよ。

たくさんのlittle investigaterがいるだけ」そう言いながら執筆班の班長は「ワトソン(観客)」と黒板に書き、シャーロック・ホームズという文字に×を引いた。

「じゃあタクミの役回りは?」

「機関の人間ってことにしておきましょうよ。」

「機関?

なんだそれは?」

「逆になんだと思う?」

「ひとつの集団、会社みたいなもんだよな。」

「そう、そしてそれ以外にはどうとでも聴こえるでしょ?」

「なんか悪っぽいね。」

「実際機関はどう思われても良いんじゃないかしら。

序論として何かの殺人・密室事件が起きて、本論でそこに機関に在籍しているタクミを筆頭に脱出者のワトソン達がいるっていう設定で。」

でもそこまでいったところで僕は軽音部に顔を出す時間になってしまった。もちろんめいめいの人間が先月の僕のように帰宅部ではないため、部活とは上手く折り合いをつけている。優先度的には部活と文化祭準備の比率が六対四という印象を受ける。だから便宜的に準備をする人間は午前の部と午後の部に分けられるし、一日中クラスに留まる人間は滅多にいない。それこそ余程の暇人か変人、あるいは本当に時間がないかあまりに物事に熱中しすぎていない限りそのような状態にはならない。僕らは今後を予期してそれぞれに一つずつ宿題を課せられた。つまり皆で一つについて今日のように議論するより、一人が一つを真剣に考えたほうが効率が良いのではないかという考えに至ったわけだ。そして僕の課題は…

「タクミ・タチバナのプロットを練ってきて。」

というものだった。

「つまり、彼がどういう過去を持ってその機関とやらにいるかってこと?」

「それだけじゃ足りないけどね。

その機関というのはどういうところで、彼はなぜそこにいるのか?

彼の立場と役目、職務は?

なぜ彼は事件に居合わせていたのか?

彼の教養はどのくらいで、彼の年齢や家族構成はどうなっているのか。

親友や交際関係、結婚はどのくらいしていて、今までに難所をどの程度潜り抜けたのか。

どこまでが許せる教養範囲内で、どこからがアウトなのか…」

「つまり」僕は話を遮って言った。

「一人の人間にまつわるストーリーを書けばいいんだね。」

「そういうこと。」

それが執筆班リーダーに与えられた最初の任務だった。少しの制限から自由に物事を想像し、創造すること。一人の男に関する限定された人生をこしらえることが。

「君は随分と簡単そうに言ってくれるね。」

「貴方、物語を書いたことがないの?」

「小学校と中学校の時に一度ずつ、とても拙いものなら書かされたよ。」

「そうなの?

てっきり貴方には経験があるものだと思っていたわ。」

「どうして?」

「さあ…なんとなく。

とにかくやってみない?

誰が文句を言うわけでもないのだし。」

「そうだね、まずはやってみよう。」

でもその作業は、僕にとっては土地勘のない暗闇を灯なしでさまよい歩くような行為だった。


 あの楽器購入会(実際は買わなかった)から三週間後になる午後、昼食の出る食堂に僕は菓子パンなんかを持っていた。夏季休業中は食堂も休みになるためだ。僕とクラスの同じ軽音部員一行は近場のコンビニに寄りご飯を買っていた。僕は今にも溶けそうなソフトクリームを昼食代わりに舐めていた。でも何やら部室が騒がしい。というか早速賑やかな秋音の第一声が響いた。

「陵史、貴方宛に荷物が届いてるわ!」

荷物?最近周囲は僕の予想もつかないことで蔓延している。

「全く心当たりがないね」コーンをぱくりと食べながら僕は言った。

「今朝職員室に音楽室と食堂の鍵を取りに行った時顧問に持ってけって怒られたわ、全く。」

その割には涼しい顔をして言うものだ。見てみるとそこそこ大きいダンボールに梱包されている何かがそこにはあった。宛名を見ると確かにCathyと書かれている。

軽い呆れを覚えながらスマホを取り出してコールする。なんかデジャブだ。果たして姉は起きていた。

「もしもし~?」

「おはよう姉さん。

学校に大きい荷物が届いてるんだけど身に覚えなんかないよね?」

「あ~、海の向こうからちゃんと届いたみたいね。

安心したわ。」

「ていうことは…、(もぐもぐ)ギター?

自分で買うって言ったよね?」

あとなんで家に配送しないんだ?

「彼が私に御執心って話はしたでしょ?

家の住所ばれると面倒な予感がするのよね。」

「例えば?」

「毎日恋文が届いたり、バラの花束が贈られたり、それらを両手に持った本人が来たり。」

まあそれは大変かもしれない。

「この住所が家じゃないと彼は知っているのかな?」

「馬鹿ね弟、それじゃ意味ないじゃない。」

なんでそんなに偉そうなんだ。この人は悪魔か。北英高校には悪いが毎日英語で書かれる怪文書には是非とも目を瞑ってもらいたい。もし迷惑なようなら英語表現の授業で教材として使ってくれ。

「まあ私の母校だし、いいじゃん。」

僕の沈黙をどう受け取ったのかそんなことを姉は言い出した。

「母校は自宅のポストじゃないから。

それにキャシーって書いてあるけどこれは?」

「私の名前を彼が聞き間違えたのよ。最初にファーストネームと間違えたみたい。」

なるほど、樫江、カシエ、キャシーというわけだ。その誤解のお陰で問題は特定されないといいのだが。それだけ確認すると通話を切った。ダンボールを見直すとそれは迅速とも言えるスピードでロサンゼルスから太平洋を渡り僕の学校まで届いていたようだった。

「ねえ、皆待ってるわよ、早く開けなさいよ!」

秋音はわくわく顔だ。確かに皆が作業を中断して僕の周りに集まって来ている。

「じゃ、開けま~す」と取り合えず宣言をしてみた。先輩方や後輩方(実質僕も一年目だが)にインパクトを与えておくチャンスかもしれない。シールを剥がし箱を開けて緩衝材を取り出すと、そこには黒いギターがあった。

「うわ~~、かっこいいわね~~!!!

これレスポールじゃない。」

レスポール?

「形というか、種類のことよ。」

成る程、やっと分かった。まったく・・・。

「でもこのギター、ペグが一つとれてるわね。」

「へ~・・・。ん?」

皆の顔が微妙な表情になっていった。Why?僕は秋音に説明を求めるように視線を送った。

「え~と、アンプを繋ぐシールドの部分が緩んでる。」

え?

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