第7話 入部

「貴方のお姉さんはそういう趣味でもあるの?

ブラコンとか。」

「勘違いも甚だしいな。

それに姉じゃない。」

「じゃあ、あれは誰なの」と彼女は小声で僕に耳打ちした。僕は黙って首を横に振るしかなかった。災難というのは立て続けに起こるものなのだ。僕はカーテンを開けた。ただちに明かりがその姿を照らし出す。そこで僕はブロンドの長い髪を認識する。 そして現実が認識出来なくなる。嘘でしょ、と秋音が言うのが聞こえる。七月一日、朝。そこにはブロンドの転校生が気持ちよさそうに寝ている。

「アシュフィールドさん、起きて。

朝だよ。」

ブロンドの髪は朝日に照らされて僕の見たことがない種類の輝きを放っていた。綺麗な睫に整った顔立ち。

「Mmmm....」

どうやら彼女も姉さんよろしく朝には強くないみたいだ。だからってこのままこうする訳にもいかない。

「アシュフィールドさん?」


 やや疑問形の誰かの声で私は起こされた。

「誰?」

ルームサービスを頼んだ覚えはなかった。

「樫江だよ。

樫江陵史。

ほら、放課後に校舎の案内をした…」

「カシェくん…?」

するとパチリと彼女の眼が開いた。

「な……。」

白い肌に赤みが差す。どうやら昨日のことを思い出したらしい。間違ってもこの良心に溢れた僕を殴らないでくれ。

「おはよう。」

「おはようがざいます、リョシ…・カシェ。」

めちゃくちゃかんでるな。あるいはまだ日本語に慣れてないのか。

「女の人と朝帰りですか?」

「あら、形勢逆転したわね。」

「何呑気にしてるの?」

事実だけど額面どおりの言葉だと色々まずいだろ。は話の通じない秋音との会話を切り上げ、光が反射して神々しさを覚えるほどのブロンディーに言った。

「まずはベッドから起きていただけるかな。」


「貴方のお姉さんに前もって許可は貰っていたの。

貴方が知らないと知ったのは昨日だった。」

「なるほど…。」

いや、納得はしないけどね?

「それで樫江くんは家に帰らず朝までデート?」

「いや、これも違う。」

「言い訳?」

どっちの味方だ。

「そうじゃない。」

「あ、私が着てたやつはカゴに入れておいたから、後日洗って返してよ。」

「なんでこのタイミングで?」

うちはコインランドリーか?

「とりあえず朝の支度をして、登校しながら話すのはどうかな」僕は頭を抱えながら言った。


 僕も夏服に着替えた。そしてとりあえず三人で家を出た。アシュフィールド女史は白のポロシャツだった。

「なにか?」

「いや、ちゃんと夏服持ってたんだなと思って。」

「いいえ、これは貴方の。

少しでもクラスで浮きたくないの。

…駄目だった?

日本人って皆と違うと良くも悪くも距離が出来るじゃない?」

「同調圧力。」

「そう、それ」彼女は真面目な顔でそう言った。

「それすっごい分かる、特にこの年頃の女子はね。

ポロシャツ、私とおそろいだね」と彼女とハイタッチを交わしていた。それを言うなら当然僕も「おそろい」なわけだが。不幸中の幸いと言えばこのように女子同士、というか彼女同士が打ち解けるのが早かったことだ。

「昨日の自己紹介の時から気になってたんだけど、どうしてそんなに日本語が流暢なんだ?」

「小学校一年の半ばまでこっちで暮らしてたの。」

「なるほど。」

なるほど。こうして朝が始まった。駅に着くといつも通り幼なじみがいた。 彼女は僕に気づくと驚いた顔をして言った。

「かし君、無事だったんだ。」

「無事に見えるか?」

「その様子だと秋ちゃんの望みどおりになったみたいだね」彼女は語尾にご愁傷さま、

と付け加え薄く笑った。

「千紘、最後の言葉が間違ってるわ。

おめでとう、でしょ。」

おめでたくはないだろ。

「今日奴にとうとう入部届を出させるの!」

おい、今奴って言いましたよこいつ。

「…と、アッシュフィールドさんも?

おはよう。

貴方もこっちに住んでるの?」

「おはよう、そうなの。

こっちに知り合いが住んでいて。」と彼女は僕を一瞥した後に言った。それは貴方が話しても良いし隠蔽しても良いと言っているふうにも見えた。でも僕は何も言わなかった。今は留保が欲しかった。

「今日は偶然二人と会ったの。」

「そうだ、リナちゃん。

これも何かの縁だし、軽音部に入らない?」


 三人で電車に乗る。電車の便利さを僕は今日ほど痛感した日はないだろう。 四人で話すというよりは秋音のテンポに皆が付いていくという感じだ。といっても今日は眠っていてばかりだったが。そしてまたあの夢を見た。灯台が名前も知らない彼女を照らし出して、僕は目が覚める───。 そしてクラスにも近くにそれらしき人物がいる。


 放課後、僕は秋音の監視の下入部届を出しに行く、金髪碧眼の留学生と共に。

「今日から参加かな?」

「まずは楽器選びを彼女に付き合ってもらうつもりです」と僕は秋音を見ながら言った。

「なるほど、もうパートは決まってるんだね。

何をやるんだね?」

「ギターです」と秋音が言う。

「彼、ウチがお世話になってる楽器屋さんの近くに住んでるんで。

今からそこに行くつもりです。」

「それはいい、あそこならサービスしてくれるだろう。

じゃあ、これから一部員として頑張ってくれたまえ。」

僕は感謝を述べ頭を下げた後職員室を後にした。すげー感じの良い顧問だ。やっぱテニス部はまともじゃなかったんだな。

「陵史、貴方があそこまで熱心だったなんて私知らなかったわ!」

「え?

何言ってんだよ、今日はもう帰らせてもらうぞ。」

「は?」

「だから華奢な腕で首をしめるのを交渉に使うな。」

実力行使は最終手段にしてくれ。

「楽器を買う必要はある。

でもそれは第一優先じゃない。

まず姉と話す必要があるんだ、彼女のためにも」そう僕は後方のアシュフィールド女史を見ながら言う。

「まあ、それなら仕方ないわね。」

彼女もしぶしぶ納得し、腕を離す。

「そういうわけだ、帰ろう。」

あと死ぬほど眠い。

 

 帰宅すると荷物を置きリビングに向かう。

「姉さん、引越し業者が来るなら来ると前もって言ってくれ。」

「今回はおあいこでしょ、リョウ君も家開けるなら前もって言っておいてよ。」

「そのとおりだ。ごめん。」

「私も悪かったわ。」

「それで、彼女のことなんだけど。」

「どう?

驚いた?

驚いたでしょ~~。」

サプライズ成功~と一人で盛り上がっている姉に僕はツッコミを入れた。

「このペースで行くと月毎に新しい入居者が増えるんだろうね。」

「彼女は私の知り合いで、一宿一飯の恩義もあるから。

丁重にもてなして差し上げて。」

「それで、どうして僕の部屋に彼女の荷物があるのか聞いてもいいかな?」

「今日からそこに彼女も暮らすのよ。」

「僕は何処で寝泊りすればいい?」

「ん~~、リビング?」

「それ個室じゃないから。」

「トイレ?」

トイレで人は暮らせないだろ。

「なんで姉さんの部屋じゃないんだろう?」

「あなた達は高校も同じだし年も一緒じゃない。

そのほうが好都合でしょ?」

「性別が違う。」

「そんなこと向こうじゃ気にしないわよ。

ねえ、リナちゃん?」

「え?

まあ、人によりますかね。」

「リョウ君は嫌なの?」

「昨晩は僕も家を空けていたから仕方なかったと思う。

でも他にどうしようもないのか?」

「本当は住み込みのメイドさんが寝てるところにするつもりだったんだけど。

さすがに彼女はプロとして雇ってるから。」

「どっちみちベッドが足りないし。」

「私は今のままでも構いません。」

「リョウ君はどうなの?」

「どっちがいいとかじゃないよ。」

内心ため息を添えて、最善の言葉を僕は言う。

「彼女が望むようにするべきだ。」

これから非合理的な同居が始まることになることも知らずに。

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