第4話 最終手段

 インターホンが鳴ったのは翌朝のことだった。画面を見ると宅配業者がいた。だけど僕は寝ぼけていたらしい。なんとそれは引越し業者だった。どうやらパンダとネコのマークを見間違えたらしく、まあそれくらい眠い朝だった。心当たりは一つしかない、姉さんが向こうで過ごしてた時に送った荷物だろう。でもそれは一人の社会人が生活するには必要以上の、過度な量の荷物だった。

「敢えて自分が寝てる時間帯に配送指定するのか・・・。」

流石だ。姉さんは朝にとても弱い。僕も人のことは言えないが姉さんはそれ以上だった。きっと声を掛けてもうんともすんとも言わないだろう。

「学校に行くよりも私の荷物整理した方が有意義だよね?

(♡の形をした言外の圧力)」というメッセージを感じるくらいだ。

「少々お待ち下さい。」

ガレージを通り二階の姉さんの部屋に行く。ノックしても返事がないので部屋を開けると案の定寝ていた。

「姉さん、引越し業者来てるんだけど。」

すぴーーー。

 僕は一限に間に合わないことを悟った。 


 結局、授業に間に合ったのは三限からだった。荷物にはそれぞれどこに運ぶかが書いてあったので事態は比較的スムーズに進んだが、それはあまりにも量があった。

「これらのダンボールはこの部屋にお願いします。

寝てる人がいるけど気にしないで下さい。」

元はと言えばこれは僕の所為ではない。そして何故だか僕の部屋にも荷物は運びこまれた。ダンボールに埋めつくされていく。

「これ全部お土産なのか……?」

まさか。もしそうだったとしても嬉しさ半分怖さ半分だ。姉は面白い方に三千点という、はた迷惑な一家言がある。とにかくその予期せぬ出来事が終わると僕は一息ついた。爽やかな笑顔でありがとうございました~と宅配のお兄さんが去っていく。朝からご苦労なことだ。雨は降っていないが湿度は高い。姉もこんな暑いのによくああ熟睡出来るものだ。さて、

「そろそろ学校に向かわないとな…。」

時計を見ると一限は半分終わっていた。乗り換えアプリを起動させて次の電車を調べる。 まずいことに、通勤時間を過ぎている為次の電車は十五分後だ。更に乗り換えでこのままだと十五分程待たされることになる。なんといってもうちの高校は田舎にある。それだけは避けたい。どうやらクロスバイクで登校するしかなさそうだ。ここから高校までは約十キロある。だが背に腹は変えられない。タイヤの空気を入れ、家を出た。生温い風が吹いている。日差しはどこまでも強い。今年もまた夏が来るのだろう。

「あ~~。」

ひたすら登校路を飛ばす。県下一の偏差値を所有する隣町の高校を経過する。家から一番近い高校なのに皮肉なものだ。いつもなら登校中の生徒を見かけるが、流石にこの時間帯だと誰もいない。それから湘南バイパスの下を走り、田んぼばかりの道を通ると高校に着く。そこで担任のユキちゃん先生、こと幸恵教諭の車が停まっているのを見かける。ご存知のように、彼女と仲が良いとか気心が知れているわけでもない。ただたまに課題をしっかりとやらないと注意を受けてるくらいだ。クロスバイクに鍵を掛けると自分のクラスへと向かった。

「樫江が遅刻なんて珍しい。」

「そうか?」

「お前は風邪でも学校に来るし、たとえ朝起きられて体調万全でも休むと決めたら休みそうだ。」

「こう見えても中学は皆勤賞だよ。」

「皆勤賞?」

「無遅刻・無欠席・無早退。」

彼は去年同様クラスの盛り上げ役だ。僕は彼の取り繕う様は虫が好かないが、そうじゃない時においては大体が好意的だ。「まあね」と曖昧な返事を返しておいた。つまり、こんな暑い朝に慣れない自転車登校で話す気力も無くなっちゃうんだよ。寝坊だと思われようがなんでもいい。


 二限が終わると千尋と紅晴達に遅刻した理由を聞かれた。

「へえ、お姉さん帰ってきたんだ。」

「全く困ったもんだ。」

「陵史ってお姉さんいたんだ。

知らなかったな~。」

「まあ僕が高校入学と同時に仕事で海外に行ったから。

話す機会もなかったし。」

「仕事で海外とかかっこいいねえ。」

「今回は長くいられるって言ってたよ。」

「良かったね。」

「まあ、一人暮らしも性に合ってたんだけど。」

家事は確かに面倒であり、それを日課とするにはなかなか時間が掛かった。だがいったんそれに慣れてしまえば、そこには結構悠々自適な生活が生じる。僕は一人でいることを苦としないタイプだったし、ご存知の通り誰かに指図されるのは嫌いだった。


「ねえリョーシ、ユー、今日こそ部活体験に来ちゃいなよ!」

そんなことを思ってたら秋音が何か言い始めた。ちなみにこれは僕が部活を辞めた五月六日の一週間後、同月十三日から定期的に言われ続けていることだった。最早それは朝の挨拶になりかけていた。それにしても梅雨の時期でもこのテンションを維持できるとは。一周回って尊敬の念さえ生じそうだ。

「だって貴方暇なんでしょう?

何一度きりの青春を棒に振ろうとしてるのよ!」

「またこの話か、そろそろ僕は飽きてきたぞ。

もっと違う挨拶はないのか?」

「じゃあ来てくれるの!?」

接続詞も何もかも間違ってるだろう。

「勘弁してくれ。

第一僕は未経験者だ。

それに君は知らないかもしれないけど、小学校の時あまりに向上心のないリコーダー演奏を見かねて、構ってくれた女子を泣かせてしまったことがあるんだ。」

「本当に知らないわよそんな話。」

「この世には楽器も歌も出来る人がいる。

僕は苦手だ。

それに今は生活で忙しい。」

ちなみに言うとここまでテンプレだ。彼女は面白半分で僕とのそういう話題での会話を楽しんでやがるのだ。たまにバリエーションやお互いの気分によってその話は長引いたり、ユーモアを失ったり、危うく見学させられる羽目になりかける。

「あのね、小学生のリコーダーや合唱コンクールとロックは全然関係ないのよ?

それとも何、実はもう他の部活でも決めてるってわけ?」

彼女は隣の紅晴をギロリとにらんだ。彼は滅相もないと手を横に振った。

「俺も最初は冗談半分に勧めたけどな?」

「一応体育会系だろ、冗談じゃない。

それに軽音楽の良さが分からないね。

否定はしないけど音楽は聴くだけで結構。」

「じゃあ間を取って今日ウチに見学に来なさい。」

どこの間を取った。というかこの次期に転部とかハードルが高すぎるだろう。でも今日の彼女はいつもとは違っていた。つまり、一クラスメイトである僕と仲良くなること以上の目的で、彼女はどうやら真剣に僕を部に入部させようとしているらしいのだ。勘弁してほしいよ。

「このまま部活をやらないで灰色な高校生活を送るのと、今から体育会系に入って頭を丸刈りにして毎日一年の溝を埋める為朝練に参加し、結局はレギュラーにさえなれなかったけど部活の仲間とは程々の友情が芽生えて、色恋沙汰皆無の灰色な高校生活の間を取ったのよ!」

結局灰色だ。

「じゃ、そういうことで。

知り合いもいるし別にいいでしょ?」

彼女は自分の席へと戻っていった。彼女はこういう奴なんだよ。

「それに、ギターを折るならそれってロックじゃない?」

「そうだよ、陵史の適性そこで分かるじゃん。」

「テキトー言うな。」

この耳年増め。

「ていうかホントなの?

その話。」

「まあね。」


 授業が全て終わると即効で自転車に乗って帰宅した。だが彼女は門の前にギターを持って仁王立ちしていた。くそ、全部最初からばれていたんだ。最近は雨が降っていたからこんなシチュエーションにならなかっただけで、彼女の頭には既に

「チャリで逃げる僕、待ち構える私」みたいなタイトルでこの構図があったに違いない。

「もしかして、それで僕を殴る気じゃないだろうな?」

「どうでしょうね」そう言うと彼女は薄く笑った。彼女はいかれてる。チャリを片腕で捕まれると駐輪スペースに停めさせ、僕単体を坂上の食堂側のドアに連れて行く。もとい拉致連行された。軽音部は放課後に食堂と向かい側の第二音楽室で練習をしているが、準備室に僕は見事に監禁された。外側から鍵のかかる音がした。それは今までの中でまあまあ絶望感を感じさせる音だった。でも問題があった。それは閉錠したのは第三者だったということだ。いや、駄目だろう?秋音も僕もここにまだいるのだ。

「あの。」

「そこに入部届があるわ。」

「流石に話が早すぎて助からない。」

「入部すれば助かるわ。」

おそらく外には千紘と相澤がいて、僕が折れるのをスマホをいじりながら待っているもいるのだろう。僕は秋音から無理矢理一通りの話を聴かされた。

「どうして僕なんだ?」やや疲弊した声で僕は言った。

「いや、別に誰でもいいのよ。」

ただのビッチじゃないか。

「お、陵史の本性顕れてきちゃ〜。」

「いやだって、この狭くて暗い埃っぽい部屋で説教されてもう一時間経つんじゃないか?」

「あ、明かりはここあるわよ。」

なんで今までつけなかった?

「暗いほうが交渉しやすいかなって。」

「かなじゃない。」

「それに陵史は私に心を許してくれたみたいだし、長期戦になるなら明かりは必要よね。」

「その情報源はどこからなんだ。」

まさか昔さながらの刑事ドラマ由来じゃないよな?いや、ありえる…。彼女は今そういう気分なのかもしれない。実際僕も精神的手錠によって椅子にくくりつけられているようなもんだ。そう無実の人間に錯覚させている時点でこれは彼女が優勢かもしれなかった。

「でもタイムリミットは僕じゃなくて君にあるだろ?」

「何それ?」

「いやだから下校時間だよ」僕は本当に何を言っているのか分からないといった顔を平然としたサイコパスさながらの彼女の表情を見て少し不安になって言った。まずい、一時間で完全に彼女のペースだ。

「そんなもの、こっちにはないわよ。」

「は?」

は?

「いや、だから文字通りの意味で。

鍵ならちゃんと部長によって返却されるし、ここは奥まっていて放課後通る人なんてまずいない上に、一目につかないし。

古い楽器やら何やらの保管庫ってだけで片付けに来る生徒もいないわ。」

なん……だと。

「まさか」

「言ったでしょ?」

次に彼女はニヤリとでも聞こえてきそうな顔で言った。

「最終手段だって。」

こうして更に一時間が経過する。

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