うつほもの
凰 百花
さいしょのもの
彼女が死んだ。
深夜。
今晩は交代で寝ずの番だ。自分の番が来た。
座敷の中央には彼女が寝かされている、北枕だ。横たわる彼女の上にはわざと裏返した着物が掛けられ、胸元には包丁が置かれている。
俺は縁側の方で、胡座をかいて座っている。目の前には白い布で覆われた小さな台があって、その奥に彼女がいる。
台上の線香立てには、何本か線香が刺さっていて、静かに細い煙が上がっていく。蠟燭の火が揺らめく。
寝静まっているのか、先程まで聞こえていた微かな声も止んでいる。
線香の火を絶やさぬようにしなければならないと、彼女の祖母に言われた。一晩中、交代で線香を灯し続けなければならないと。
様々な思いが渦巻く。どうして、こんな事になったんだろう。これからどうしたらいいんだろう。
俺は、この村から出て大学へ行き、その街で就職した。
彼女と結婚するために、新しい部屋を借りた。彼女はこの古い風習の残る場所で、家業を手伝いながら生活していた。
二人の新しい生活を楽しみにしていた。その矢先だ。
とりとめもない事柄が、どうでも良いような、昔の思い出が心をかき乱す。
親しいものが寝ずの番をするのは、魔のものを抜け殻になった身体に入れないためだ、と言われた。
何だよそれ、そんな非科学的な事は今時流行らないよ。
そんな思いがふと過る。
旧習に縛られたこの村が嫌いだった。そんな事、あるわけ無いじゃないか。旧いんだよ。街の友人に話したら、馬鹿にされるよ。
気がつくと、線香が随分と小さくなっている。新しいのを灯さないと、そう思って線香を手に取った時、猫の声がした。
彼女は猫が好きだった。そうだ、猫を飼っていたはずだ。あの猫か、彼女に最後の別れに来たんだろう。祖母は近くに猫を寄せてはいけないなんて言っていたが。
縁側の方、自分の後ろにある障子戸を開けた。そこにいた黒猫と目があった。
にゃあ
線香が消えている。胸に置いてあった包丁が布団の脇に落ちている。
あれ。俺がどかしたのか。
黒猫は、いつの間にか部屋の向こう側にいて、俺が開けた襖から出ていった。襖を思わず閉めた。バシンっと音が響く。
あれ、なんで俺は、この場所で立っているんだ。向こうにいなかったか。戸惑っていると、線香立ての線香がすっかり消えていたのに気がついた。
慌てて、新しい線香を灯して、線香立てに挿した。
それから包丁をもとに戻そうと、手に取ると、彼女が動いたような気がする。暫く見ていると、彼女が半身をゆっくりと起き上がらせた。パサリと白い布が落ちる。
驚いているこちらを見やる。ああ、目があった。彼女の瞳の深い闇に、引き込まれた。
かのじょを連れて、自動車の助手席に座らせた。折角戻ってきたのに、このまま此処に居れば、かのじょが再び動かなくなってしまう。
この村は、そういう事を、方法を知っている。
にゃあ、
後部座席から声がする。そうか、お供をしてくれるんだな。お前も伴に行くのだな。
さあ、街へと急ごう。彼処ならば、誰も何も知らない。オレはその事を知っている。
ある役所で、こんな会話が交わされた。
「どうしたんですか」
「うん、この地域の死亡者数が変なんだよ」
「え、地域特有の病気とか事故ですか」
「違う、違う。死亡者数がこのところ激減しているんだ。減少傾向にはあったんだけどな。
でもな、人の転出入はよそと変わらないし、年齢層も他と比べて若いってわけでもない。何故なんだろうな」
うつほもの 凰 百花 @ootori-momo
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