第11話 そして



「……処刑なんて、聞いてないわよ」


 慌てた様子でやって来たピクシーのミミィから告げられた、衝撃の事実。ミミィは今もリリアーナの前を、不安そうな顔で飛び回っている。どう見ても、嘘をついたり冗談を言っているようには見えない。


 リリアーナは思考を落ち着けるように大きく息を吐いて、ミミィを見る。


「あたしが処刑されるって、それ本当なの?」


「はい、おそらくは……」


 ミミィは落ち着きなく飛び回ったまま、続ける。


「実は私、リリアーナ様の役に立てるようにと、人間の貴族の屋敷に忍び込んで情報を集めていたんです。それで、偉そうな貴族たちが話しているのを聴いたんです。リリアーナ様を亡き者にして、戦争の火種を作ると。それが、バルシュタインとかいう貴族の望みなのだと」


「侵入って、危ない真似してるわね」


「大丈夫です。あたしは、人間如きに捕まるようなヘマはしません。……あ、別にリリアーナ様を責めている訳ではないですよ? ただ私は身体が小さいし魔法も使えるので、昔から隠れるのは得意なんです」


「そうだったわね……」


 リリアーナは脚を組んで、長い黄金の髪を指に絡めながら考える。見張り役の男……アスベルは、昨日、魔族と人間の会談があったと言っていた。その会談で、リリアーナの立場が変わるかもしれないと。


「魔族と人間の会談で、何か揉めたのかしら? でも……あたしを殺したら、あの人……イリアスが黙ってないでしょ?」


「はい。もしかしたらまた、戦争になるかもしれません」


「意味わかんない。戦争なんてして、何になるって言うのよ? ……ほんと、人間も魔族も馬鹿ばっかり」


 リリアーナは舌打ちをし、更に頭を悩ませる。確かに自分は、人間の国で好き放題やってきた。金持ちの貴族を何人も騙して、人間を食いものにした。人間の国のルールなんて知らないが、それで処刑されるというのなら、仕方がないことなのだろう。


 無論、だからといってそれを黙って受け入れるなんて真似は死んでもしないが、話としては理解できる。しかし現実はもっと複雑で、誰かのよく分からない思惑の為に、ついでのように殺される。


「……あたしはそんなに、軽い女じゃないわ」


 責任とか、役目とか、正しさとか。そんなことは知ったことではない。リリアーナは、つまらない現実に反旗を翻すように無理やり笑う。彼女はサキュバス。人間の価値観では測れない。


「ですが、リリアーナ様。処刑が決まったとなれば、もっと厳重な場所に移動させられるかもしれません。そうなればいくらリリアーナ様と言えど……」


 ミミィは覚悟を決めたように頷き、真っ直ぐにリリアーナを見る。


「分かりました、リリアーナ様。こうなったら私が見張り役の男を殺して、鍵を奪います。だからリリアーナ様は──」


「辞めて。貴女があたしの為に、そこまでする必要はないわ」


「ですが……」


 翡翠色の瞳を潤ませるミミィ。リリアーナはそれでも頑として、態度を変えない。


「駄目なものは駄目。だいたい、1人でも殺せば騒ぎになるわ。それで国境を封鎖されたら、貴女はともかく私が身動き取れなくなる。そうでしょ?」


「……すみません」


 リリアーナは、人を殺した経験がなかった。今まで何人もの人間を騙してきたが、その命を奪うような真似はしていない。それで何が許される訳でもないが、それでも自分の為に友人に人殺しをさせたくはなかった。


「……傲慢ね」


「……? 何か仰いましたか? リリアーナ様」


 首を傾げるミミィに、リリアーナは意を決したような表情で言う。


「今日中に、この牢屋から出るわ」


「……お言葉ですが、リリアーナ様。何か方法があるのですか?」


「あたしを誰だと思ってるのよ。あたしは、傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス。リリアーナ・リーチェ・リーデンよ? どんな男でも、あたしに落とせない男はいない」


 リリアーナは覚悟を決める。いくら処刑が決まったからと言って、あの堅物な男が自分を逃してくれるとは思えない。それが正しいことだから、とかなんとか言っていつも通り首を横に振るだけだろう。


 ……ならもう、手段は選んでられない。お遊びは、もう終わりだ。プライドなんて全て捨てて、あの男の人格を壊してでも強引に鍵を奪い、この牢屋から……この国から脱出する。


「ミミィ。貴女は先に国境沿いに行って、あたしが問題なく国に帰れるよう根回しをしておいて」


「……! リリアーナ様、あんなに嫌がってたのに国に帰るおつもりですか?」


「こんな状況になった以上、仕方ないじゃない。処刑なんて言われたら、流石のあたしも遊んでられないわ。だから貴女は先に行って、準備して待ってて。……心配しなくても、あたしもすぐに追いつくから」


「……承知いたしました。リリアーナ様がそこまで仰るなら、私はその言葉を信じるだけです」


 そのあとリリアーナとミミィはいくつか今後のことを話して、アスベルが帰ってくる前に、ミミィはまた小窓から外へと出て行く。


「いつまでも遊んではいられない。……なんてつまんない価値観、あたし1番嫌いだったんだけどな……」


 しかし、もう時間に余裕はない。もしかしたからリリアーナが脱走する可能性を考えて、警備が強化されるかもしれない。時間が経てば経つほど、リリアーナはどんどん不利になって行く。動くなら、少しでも早い方がいい。


「……というか、遅いわね」


 上官に呼び出されていると言っていたアスベル。状況的に、彼にも処刑のことが伝えられているのだろうが、それにしても帰りが遅い。昼食も食べてないのに、もう日が暮れてしまった。……お腹が空いてイライラする。


「ほんと、あの男って気がきかない。遅くならなら、食事くらい用意しておきなさいよね」


 苛立ちを隠しもせず、悪態を吐き捨てるリリアーナ。しかしそれでもアスベルが戻ってくることはなく、時刻はいつの間にか深夜。


「……やば、ちょっと寝てた」


 リリアーナが、空腹と眠気でうつらうつらとしてしまっていた頃。ようやく、声が響く。


「起きているか、サキュバス」


 響く声はいつもと変わらない、淡々としたもの。アスベルはこんなに遅くなったのに悪びれもせず、静かな目でリリアーナを見る。そんな彼の態度が、ただでさえ苛立っているリリアーナを更に不機嫌にさせる。


「……遅い。遅くなるなら、ご飯くらい準備していきなさいよね」


「すまない。少し準備に手間取った」


「何よ、準備って……」


 そこでリリアーナは、思い至る。処刑が決まって自分を別の場所に護送することが決まった。だから、その準備でこんなに遅くなったのかもしれないと。……だったら本当に、一刻の猶予もない。


「…………」


 リリアーナは指輪へと手を伸ばす。……しかし、まるでそれを遮るように、アスベルは言った。



「──今からお前を、魔族の国に連れて行く」



 そう言ってアスベルは、牢屋の鍵を開ける。よく見ると彼の背後には、今から長旅にでも出るかのような大きなリュックサックが。


「……あんた、何を言って……」


 もしかして、自分を騙そうとしているのか? でもそんなことをしても、何の意味もない。そもそもこの男にそんな器用な真似はできないと、リリアーナは既に知っている。


「お前はここで、死ぬべきではない。理由はそれだけだ。……ほら、何をぼーっとしている? 早く行くぞ」


 当たり前のように言って、歩き出すアスベル。けれどリリアーナは突然の事態に、しばらく動くことができなかった。


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