第10話 処刑
「やあ、アスベル。いきなり呼び出して悪いね」
静かな執務室の椅子に座り、指を組んで和かな表情を浮かべるグラン。いつもとは少し雰囲気の違う団長を前に、アスベルは姿勢を正し、言葉を返す。
「上官の呼び出しに応じるのは、部下の務めです」
「そういう言い方は寂しいなー。僕と君の仲じゃないか。もっとフランクに行こうぜ?」
「私は別にそれでも構いませんが、何か大切な話があるのではないですか?」
「……君は無表情の癖に、めちゃくちゃ勘が鋭い時があるよね。こっちに言いづらい話がある時は、特に」
「長い付き合いですからね」
「君にそんなことを言われると、僕も歳をとったなって思うよ。君なんてついこの間まで、こーんなにちっちゃくて可愛かったのにさ」
伸びた無精髭を撫で、窓の外に視線を逃すグラン。今日は雲1つない快晴で、眩い日差しがグランの白い肌を染める。
「昨夜、魔族の国との会談が終わったことは君も知ってるよね?」
「その件でこうして、呼び出されたのではないのですか?」
「そ。長い会談が終わって、ついさっき上から指令が下った。君が今、警護しているリリアーナというサキュバスについて」
「…………」
アスベルは言葉を返さず、ただ黙って上官の言葉を待つ。グランは小さく息を吐き、あくまで淡々と冷静に告げる。
「彼女……リリアーナ・リーチェ・リーデンの処刑が決まった」
「なっ……」
流石のアスベルも、その言葉に動揺する。
「……どういうことですか、グラン団長。彼女……リリアーナは魔族の国の重鎮。処刑できないからこそ、私に監視と護衛を任されたのではないのですか?」
「その筈だったんだけどね。……正直言って、僕も混乱してるんだ」
「魔族の国との会談で、何か揉めたということですか?」
「どうやらそうみたいだね。僕も、懇意にしてる貴族のツテを使っていろいろと情報を集めてるところなんだけど、分からないことが多いんだ。ただ上は、もう決まったことだからの一点張り。いつものことだけど、困ったものだよ」
「…………」
アスベルは、少し考える。あのサキュバスが処刑される。理由はまだ分からないが、余程のことがない限り上がその判断を覆すことはないだろう。
それは果たして、正しいことなのだろうか?
「……しかし、グラン団長。友好条約はどうなるのです? 彼女は確かに罪を犯しました。しかし、処刑というのはやり過ぎでしょう。まさか、また戦争になるなんてことは……」
「そこなんだよね、重要なのは。……国王陛下やバルシュタイン卿が何を考えておられるのか、僕らみたいな末端には全く分からない。……それでも、剣をとるのは僕らだ。あまり軽はずみな判断は、控えて欲しいんだけどね」
「戦えと言われたら、私はいつでも戦うつもりです。……ただ、理由も知らされず殺し合えと言われても、部下は混乱するだけでしょう」
「だろうね。まあまだ、戦争になると決まった訳じゃない。リリアーナちゃんが、余程のオイタをしていただけかもしれない」
「彼女について私も調べましたが、あれは──」
「処刑するほどのことじゃないって?」
アスベルの言葉を遮り、グランは続ける。
「君の言いたいことは分かるよ? けどね、アスベル。残念なことに僕らは、組織の人間だ。君には何度も言っているけど、個人の感情で上の命令を無視していたら、どんな組織もすぐに成り立たなくなる。分かるね?」
「…………」
アスベルは言葉を返さない。ただいつもと同じ色のない目で、真っ直ぐにグランを見つめ続ける。そんなアスベルを前に、グランは困ったように視線を逸らし、また無精髭を撫でる。
「……これは、ここだけの話にして欲しいんだけど、魔族の国で何か想定外の動きがあったらしい。そして、それが気に食わないどこかの貴族様が、魔族の国との間に火種を作ろうとしている」
「それは、確かな情報なのですか?」
「確かじゃないから、言うつもりはなかったんだけどね。やっぱり君に隠し事はできないよ、アスベル」
グランは立ち上がり、アスベルの方に近づく。
「アスベル。僕は君を……弟のように思ってる……なんてことはないけど、一緒に馬鹿やれる悪友だとは思ってる。なんせ君が騎士団に入団してから、もう10年以上の付き合いだ」
「そう言って頂けるのは光栄です。私も団長には迷惑をかけてばかりなので、いつか恩返ししなければと思っています」
「いらないよ、そんなの。ただまあ、君はそれが正しいことなら、迷うことなくあのサキュバスの首を斬り落としてしまうのだろう。僕は少し……それが怖い」
グランはアスベルの肩を叩く。アスベルは身動き1つせず、ただ正面を見つめ続ける。
「ま、今さら君に説教をするつもりはないよ。言っても聞かないのは知ってるし。だから、あまり無茶だけはしないようにね?」
「お気遣いありがとうございます、グラン団長」
アスベルの淡々とした答えに、グランは苦笑を返す。……アスベルは既に、次の行動を決めていた。アスベル・カーンという男は、どんな時でも迷うことをしない。
相手が悪なら、それが正しいことなら、彼は剣を握ることを決して躊躇しない。
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