第28話 責任
「どういうことですか! どうしてアスベルを、処刑するなんてことになってるんです!」
とある貴族の執務室。品のいい調度品が並ぶその一室に、男の怒号が響き渡る。
「納得できません! 騎士団には、あいつの力が必要なんです!!」
騎士団の団長であるグラン・カムレット。彼は珍しく剥き出しの感情を露わにし、目の前の貴族の男──ライ・ヴェルニカを睨む。
「落ち着いてくれ、グランくん。君の言いたいことは私もよーく分かってる。だがこれは、仕方がないことなんだ」
眼鏡の位置を直し、嗜めるようにグランを見るライ。しかしグランの怒りは治らない。
「仕方がなくないです! いきなり処刑なんて言われて、黙ってられませんよ!」
「それは私も十分に理解している。確かにアスベルくんは、許されないことをした。上の決定に背き、自分の感情を優先した。しかしそれは、国を想ってのことだ。今の情勢で魔族の国で立場のある彼女を殺せば、また戦争になるかもしれない。彼の考えは、私もよーく理解している」
「だったらどうして、処刑なんて話になるんですか!」
「……それが上の決定だからだよ」
ライは逃げるように視線を逸らし、息を吐く。ライはグランが懇意にしている貴族の1人だ。彼は貴族という立場に特権意識を持っておらず、寧ろ貴族制度など時代遅れだと主張している。
そのせいで彼は、どの貴族の派閥にも入ることができずにいるが、その代わり彼には政治的な手腕があった。彼は優秀な男であり、だからこそ同じく優秀なグランに目をかけていた。普段なら、グランが感情的になる前にライが折れている。
しかし今日は、グランが何を言ってもライの言葉は変わらない。
「アスベルくんは処刑する。その決定は覆せない」
「だから、どうしてそんなことになったのかと、僕は──」
「国王陛下の決定なんだ」
「────」
グランは思わず息を呑む。ライは子供に言い聞かせるような口調で続ける。
「確かにアスベルくんは、独断専行が目立つ問題児だ。しかし彼は同時に、英雄でもある。戦場の鬼。彼を処刑すれば、騎士団内の人間……いや国民にもいい影響はでないだろう」
「だったら、どうして……」
「これはここだけの話にして欲しいのだけれど……彼には、魔族の血が流れているかもしれないんだ」
「……は?」
完全に想定していなかった言葉に、グランは思わずポカンと口を開ける。
「いやいや、俺はガキの頃からあいつのことを知ってるんですよ? あいつの両親にだって、会ったことがあります。あいつは間違いなく、人間です。誰です? そんな馬鹿なことを言い出したのは……」
「……リリアーナ・リーチェ・リーデン。彼女の親……イリアスは、ただのサキュバスだ。なのに彼女は、滅びた筈の種族……サキュバスクイーンとして産まれた。言わば、突然変異種だ」
「アスベルも、その突然変異だと?」
馬鹿馬鹿しいと、グランは笑う。……笑うがしかし、あのアスベルの異常なまでの膂力と耐久性。彼が人間離れしていると思ったことは、一度や二度じゃ足りない。
「まだこのことは、一部の人間しか知らない。……ただ、戦場の鬼が実は人間ではなかった。これが民に知られれば、動揺が走るのは確実だ。更に彼自身がそのことを知って、人間に牙を剥くようなことがあれば、この国は──」
「ふざけるな! アスベルは……僕の部下は、そんな馬鹿なことを決してしない!!」
グランが怒鳴る。彼らしくない怒りに飲まれた表情。ここでライにいくら叫んでも、意味なんてない。そう理解しているのに、感情を抑えられない。
ライは再度、眼鏡の位置を直し、大きく息を吐く。
「とにかく、君や僕が何と言おうと国王陛下の意思を変えることはできない。それは君も理解できるね?」
「……アスベルが魔族であると、国王陛下に密告した誰かがいる筈ですよね? 彼を更迭したこのタイミングで、都合よくその事実が明るみになるなんて出来過ぎている。……裏で糸を引いているのは、誰です?」
「────。……流石に君は鋭いね、グランくん。困惑している状況で、そこまでものを考えられる君だからこそ、私は君を騎士団の団長に推薦したんだ」
「お世辞なら結構です。それより、心当たりがあるんでしょう? 貴方がこの状況で、黒幕を放置しているとは思えない」
2人の視線が交わる。壁にかけられた大きな時計が、カチカチと時間を運ぶ音が聴こえる。そして、秒針が何度か同じ場所を通った後。根負けしたと言うようにライは苦笑して、口を開く。
「バルシュタイン公爵と、そして……カリスティナ第三王女。彼女たちが、裏で糸を引いている」
「……っ! バルシュタイン卿は想定してましたが、まさかカリスティナ様まで……!」
バルシュタイン公爵は実質的にこの国のナンバー2であり、反魔族派の筆頭。そしてカリスティナ第三王女は、魔族との友好条約を推し進めた友魔族派の第一人者。
反魔族派と友魔族派、両方の派閥の代表が裏で糸を引いている。とてもじゃないが、ただの男爵であるライにどうにかできる範疇を超えている。
「特にバルシュタイン卿は、魔族に家族を殺されている。国王陛下はとてもフラットな方だが、だからといって魔族に温情をかけるような方でもない」
「……まさか、リリアーナの処刑を強行したのも、初めからアスベルを狙って……」
「それは考え過ぎだ。……だが、あのサキュバスが全てを狂わしたのは事実だ。傾国の魔女、か。大袈裟な二つ名だと思っていたが、どうやら間違いでもないらしい。……それに噂では、サキュバスクイーンは神の──」
ライの言葉を途中で遮り、グランは言う。
「そんな女のことはどうでもいいんです。それより、どうにかしてアスベル助ける方法はないんですか? 騎士団には、あの男の力が必要なんです」
どう見ても、個人的な感情が先んじている言葉。ライは憐れむような表情で、グランの肩に手を置く。
「君の気持ちは分かる。だが、部下を切り捨てることもまた、上官の仕事だ」
「……っ」
「君が考えるべきことは、これからの騎士団のことであり、処刑される罪人のことではない。仮にもし、君がアスベルくんを逃したとして、その罪を誰が背負う? 今度は君が処刑されるのか? それとも私か?」
「それは……」
「我々は既に、個人の感情で動いていい立場にない。それは君が誰より、理解していることの筈だ。違うか?」
「分かっては……います」
「ならまずは、自分のやるべきことをやるといい。……私も、この国とこの国に生きる民の為に、できる限りのことはする」
「…………」
グランはライの正論に何も言えず、歯を噛み締める。
「グランくん、私は君には期待している。だから、早まったことだけはしないでくれ。君の行動次第では、今までの私と君の戦いの意味が……或いはアスベルくんが流した血の意味すら、失われることになるかもしれない。それだけは、忘れないでいてくれ」
グランは無言で頭を下げて、部屋から出て行く。ライの言葉は、何も間違ってはいなかった。アスベルは確かに優秀でとても大切な部下ではあるが、それでも国に害するなら排除しなければならない。
「あー、くそっ。大人になんて、なるんじゃなかった。何でこう……思った通りに動けないんだ」
屋敷を出たグランは、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
「……そもそも、アスベルは俺に助けてなんて、絶対に言わねーからな」
ああ、彼なら今の事実を目の前で告げられたとしても、眉1つ動かさず処刑を受けいれるだろう。彼はいつでもその覚悟を持って、剣を握ってきた。今、アスベルを助けたいと願うことすら、或いは彼にとっての侮辱なのかもしれない。
「あーあ。どうしてこう……いい奴から先に、死んでいくのかね」
タバコの煙が空へと消える。しかし、いつの間にか肩に乗った重い責任は、どうしたって消えてはくれなかった。
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