第27話 魔族の国
魔族の国──コルディア連邦。周りを高い山脈に囲まれた、大きな牢屋のような国。魔族が統治する国の中で1番大きなその国は、多種多様な種族が暮らしている。
エルフ。オーク。ピクシー。サキュバス。リザードマン。果てはドラゴンまで。ありとあらゆる種族が手を取り合い協力することで成り立っている、魔族たちの連邦国。
……しかしそれは、決して良いことではない。彼らはそうやって手を取り合わなければ、人間に太刀打ちすることができない。我の強い魔族たちの連邦国というのが、その事実を何より如実に表している。
大抵の種族は人間よりも寿命が長く、力も強く魔力も多い。しかしだからこそ彼らは、種としての変化がとても緩やかだ。短命であればあるほど、進化は加速する。更に人間は狂気とも呼べるような実験を繰り返し、瞬く間に技術を進歩させていく。その進化と変化の速度は、どの種族とも比較にならない。
どれだけ血を吐き仲間が死んでも歩みを止めず、絶えず進化し続ける生き物。人間はいつしか、この世界の覇権を取るまでに至った。
故に魔族たちは身を寄せ合い、手を取り合って抗う。常識も感性も文化も、何もかもが違う種族たちが手を取り合って同じ国で生きる。故にこの国には、人間の国なんかとは比べ物にならないくらい厳しい法が敷かれている。
そんな魔族の国、コルディア連邦。そしてその国の中央に位置する天を貫くような巨大な大樹。その大樹の中に造られた堅牢な城。この国の権力者が集まる城の一室に、サキュバスの少女のリリアーナが帰ってきた。
「いつ見ても、陰鬱な場所ね」
潔癖なまでに真っ白で遊びのない部屋。城の中はどこも似たような作りで、リリアーナは呆れたように息を吐く。
「……ようやく戻りましたか」
そんなリリアーナを罰するかのように、白銀の髪をした1人のサキュバスの女性が姿を現す。
「ただいま、母さん。久しぶりね、元気してた?」
現れたサキュバスに、リリアーナは片手を上げて適当な挨拶をする。そんなリリアーナの言葉を聞き、リリアーナが『母さん』と呼んだサキュバスは、迷うことなく白く細い腕を振り上げる。
「恥を知りなさい」
「……っ」
パンっと乾いた音が響く。白銀の髪のサキュバスが、リリアーナの頬を叩いた。
「言いつけを破り勝手に国を飛び出しただけでは飽き足らず、人間なぞに媚を売って遊び回る。そして身の危険が迫れば、情けなく国に逃げ帰る。恥を知りなさい。貴女は──」
「お、お待ちください! イリアス様!」
そこで、リリアーナの側で控えていたピクシーのミミィが割り込む。白銀のサキュバス──イリアスは、苛立ちを隠すように目を細める。
「貴女は確か……ミミィでしたね。リリアーナを連れ戻すというお役目、ご苦労でした。今は下がって構いません」
「いえ、私は──」
「邪魔だと、はっきり言わなければ伝わりませんか? 私は今、リリアーナと話をしているのです。余計な口を挟まないでください」
「……すみません」
有無を言わせぬ言葉に、ミミィは口を閉じるしかなくなる。リリアーナの母、イリアス・カーティナ・リーデン。魔族の国を実質的に統治している13人の代表の1人。今この国で、もっとも力を持っている女。
彼女は睥睨するような鋭い目で、リリアーナを睨めつける。
「いいですか、リリアーナ。今の時代、いつまでも種族の枠組みに囚われていては駄目なのです。貴女もサキュバスだからといって、淫蕩な生活ばかりではいけません。そうでなくても貴女は……特別なのですから」
「……分かってるわよ」
「分かっていません。人間は、唾棄すべき種族です。彼らのやり方では、いずれこの世界は滅びてしまう。飽くなき探求。飽くなき欲望。彼らはいずれ、彼ら自身の業によってこの世界に牙を剥く。我々は力を合わせて、下劣で愚鈍な人間たちに立ち向かわなければならないのです」
「その為に、あたしの力が必要だって言いたいんでしょ? 分かってるわよ」
「いえ、分かっていません。分かっていたなら、あんな馬鹿な真似をする筈がないのですから」
「…………」
「………………」
リリアーナとイリアスは静かに睨み合う。視線で突き刺し合うような痛い沈黙。そんな氷点下の沈黙を打ち破るように、低い声が響いた。
「まあまあ、そう責めないでやってください、イリアス代表」
「……キードレッチ卿」
現れたのは、背の高い真っ赤な鱗をしたリザードマン。リリアーナやイリアスの倍近く大きい巨大な体躯。射抜くような鋭い眼光。立ち振る舞いこそ紳士的に見えるが、その外見はどう見ても戦う者のそれ。
そんなリザードマンが、理知的な笑顔で言う。
「卿……と呼ぶのは辞めて頂きたい、イリアス代表。我々は皆、平等。この国に種族や身分で選り分けるような、そんな差別的な面は必要ありません。我々は皆平等に手を取り合う。それがこの国の理念でしょう?」
「そうでしたわね。キードレッチ……代表」
2人の視線が混じり合う。評議会の場ではよく意見を対立させている2人。一見、静かに笑い合っているように見えるが、その下には互いに冷たい感情を隠している。
「それより、お戻りになられたのですね、リリアーナさん。皆、貴女のことを心配していたのですよ? 次世代のこの国を担う少女が、人間なんかに捕らえられた、と」
「……それは、ご心配をおかけしました」
リリアーナは内心を隠して、柔らかな笑みで言葉を返す。
「まあ、無事に戻って来られたのならそれで構いません。……今はあの国とは一応、友好条約を結んでいるので、表立って兵は送れない。何度か会談をしたのですが、どうも……要領を得なくて」
「何か揉めたと、お聞きしましたが?」
「流石、お耳が早い。どうにも人間どもも、一枚岩ではないようで……。こちらに、つまらない取引を持ちかけてきた者がいたのですよ」
「取引?」
「くだらないことです。リリアーナさんの、お耳に入れるようなことではありません。……ただ、彼らの中にも考える頭を持っている奴はいる。リリアーナさんを処刑しようと言い出した人間の中には、或いは貴女の本当の力に気づいた者がいたのかもしれない」
キードレッチがリリアーナの方に一歩近づき、彼女の指にはまった指輪を睨む。
「ですので今後は、どうかもう少し考えて行動して頂きたい。貴女の命は、貴女だけのものではないのですから」
「……分かっております」
「なら、よいのですが」
和かな笑みを浮かべ、リリアーナから距離を取るキードレッチ。彼のルールに固執するような在り方は、少しだけアスベルに似ている。しかしその本質は、全く違う。
「さ、リリアーナ。とにかく貴女は早く、着替えてきなさい。人間の匂いが染みついた服で、いつまでもこの城を穢すのは失礼です」
リリアーナが余計なことを言わないようにと、イリアスは彼女の腕を取って強引に歩き出す。しかしキードレッチは、このままタダでは逃がさないと言うように、その背中に声をかける。
「そうだ。大切な話を忘れていた」
「キードレッチ代表。この子も今は、長旅疲れています。話なら後で私が──」
「いやいや、これはリリアーナさんに聞いてもらわなけらばならないことです。なんせこれは、彼女が成した偉業なのですから」
「……偉業?」
訝しむイリアスに、キードレッチはわざとらしく両腕を広げて言う。
「我らが最も憎むべき戦場の鬼。たった1人で何百、何千もの魔族を殺し続けた最悪の魔人、アスベル・カーン。……もちろん、リリアーナさんもその名は知っていますよね?」
「……それが何か?」
リリアーナはアスベルがそこまで魔族に恐れられていることは知らなかったが、今はとりあえず話を合わせる。キードレッチは珍しく本心から彼女を称えるように、弾んだ声で笑う。
「貴女が彼を誑かしてくれたお陰で、あの男……アスベルの処刑が決まったようです!」
「──え」
言葉の意味を理解できなくて、リリアーナの頭は真っ白になる。キードレッチは心底から嬉しそうに続ける。
「ああ、やはり人間は愚かだ。なにせ最強の矛を、自らの手でへし折ってしまうのだから」
「それは何かの間違いなんじゃ……」
「いえいえ、これは確かな筋から手に入れた情報です。流石は傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス。貴女のお陰で、余計な問題が1つ片付いた」
それだけ言って立ち去るキードレッチ。
「……嘘よ」
リリアーナは小さくそう呟くが、その声は誰にも届くことはなかった。
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