疲労困憊な毎日の、エネルギッシュな一日
普段なら休日は十時頃まで眠っている俺だが、今日は八時に起きた。拓人と面会するためだ。
少年院は少し遠いから、電車で行く必要がある。駅は学校に対して逆方向。学校から遠ざかると思うとワクワクする。半袖で快適に過ごすにはもう寒いので、上に薄すぎず厚すぎずの上着を羽織る。ポケットにスマホと財布、会話を録音するためのボイスレコーダーを突っ込み、家を出た。
すると、
「あれ? うっちーじゃん。どしたん? いつもより早起きじゃん」
ジョギングから帰ってきた朝山とばったり出会った。
「二年前の八月二十四日から平日の六時から六時半、休日は七時から七時半のジョギング生活、途切れることなしに連続記録更新お疲れ様。俺はちょっとお出かけするところだけど、なんでお前は俺の休日の過ごし方を把握してんだよ。」
「なんでそんなに詳しいの? 引くんですけど。ってかうっちー出かけるの? 一人で?」
「ソロデートと言ってくれたまえ。じゃ、電車の時間があるから」
「ふ~ん。私もついてっていい?」
「悪いな、今日は俺一人じゃないとだめなんだ。また誘ってくれ」
「なんかいつもよりつれないね、うっちー。さては女か?」
「ま、そんなところ」
「がーん」
愕然とした表情を作る朝山に手を振り、俺は歩き出した。何か手土産を持っていこうか。買う時間は――列車の時間から逆算して約五分。コンビニのお菓子でいいかな。いや、もしここで神楽陽菜に出会ったら少し気まずいな。駅の売店で買おう。となると少し走って距離と時間を稼がねば。昨日ぶりの全力疾走だ。
「お前ホントどこにでもいるな」
売店で五枚入りのクッキーを買いながら、俺は店員の神楽陽菜に話しかけた。
「私からすれば、堀内ちゃんが、私のバイトする先々に来ているんだよ。いくらモテないからって、これは感心しないなぁ」
「違うもん! ちょっと可愛いからって、調子に乗るなよ!」
「それセクハラだよ〜? 仕方ないなぁ、ガム、おまけねっ☆」
目元でピースをしながら袋に勝手にレジ横のガムをねじ込む神楽陽菜。どうやら俺を窃盗犯に仕立て上げたいらしい。
「お前って今までのところのほかにどこでバイトしてるんだ?」
「時間で〜す」
「アイドルじゃないんだから」
電車がそろそろ来るのでこれ以上は言及できず、俺はすごすごと退却した。
電車に揺られること三十分。都心部からはだいぶ離れ、車窓からは田んぼがちらほらと見えてきた。自然豊かなのどかな風景の中で、四方を有刺鉄線付きの壁で阻まれた、異彩を放つ建物が見えた。拓人のいる少年院だ。
入るとすぐに受付があり、そこから面会の申し込みをする。
「すみません、拓人――根津拓人と面会をしたいのですが」
「……"根津"拓人ですね。防犯のため顔写真付きの身分証明書を預からせていただきます。その間この書類の必要事項とカッコ書きしたところに記入をしてお待ち下さい」
通された待合室には誰もいなかった。まだ早い時間だからなのか。それとも……。拓人、寂しくしてないといいけど。
十分くらい待たされて、ようやく面会室へと案内された。そこからさらに二、三分して、ようやく小さな穴の開いたアクリル板の向こうに、人の気配がした。
「よう、久しぶり。これ、お土産」
「お、サンキュー。ここ甘いものなくてさ。助かるよ」
「あ、忘れてた」
「翔馬、こういうときのボイスレコーダーってのは相手に見せないもんだぜ。警戒されちまうからな。……何か面倒事でもあったな」
「ああ。……すみません、五分だけでいいので、外していただけますか」
職員は外に出てくれた。ある程度の信頼はあるらしい。
「本当にどうしたんだよ。なんだ? "タクト事件"の模倣犯が出たとかじゃないだろうな?」
「違う。別のことだ。まだ事件ではないし、そもそも事件になるかもわからない。だが不安の種は摘んでおきたい」
「長丁場になりそうだな。部屋からパソコン取ってくるわ」
戻ってきた拓人は厚縁の黒い丸メガネをかけていた。
「堀内氏、話というのは何ですぞ?」
「なっつかしーなー、そのキャラ。昔やったな」
「拙者は昨日の事のようにありありと思い出せるでござる」
「拙者もでござる! あとあれ、なんだっけ、そうそう、"最悪な叙述トリック"! あれ昨日やったんだよ」
「へぇ、どんなの?」
「学校で全裸でパンツ振り回して遊んだ」
「なんか口調が大人びてたから『高校に入って成長したんだ』って思ってたのに、これかよ。変わってねえな。いや、むしろ変態性が増した。なぁ、河内原での二年半で何があった?」
「今はそんなことどうでもいい。面会も時間が限られてる。本題に入ろう」
「ああ」
俺はスマホのメモアプリを起動し、昨日から仕込んでおいたカンペを確認する。箇条書きの項目すべてが正しければ、俺の推論が正しいことになる。
「まず、お前"Cartooner"やってるだろ」
「うそ! なんで知ってるの!?」
「知り合いがお前のこと知っててな。現実で接点があるようには思えなかったから、もしやと思って"動画"を見てみた」
「うわ………恥ず。ってか、特定できないようにしたつもりなんだがな。そもそも俺とお互いに知らないやつなんだろ? なんで俺だとわかったんだ?」
「それは俺も知りたい。規格外のやつだから、気にしたらキリがないから一旦スルーだ。動画でお前は、『そこそこ面会が来る』と言っていた。情報源はそれとパソコンだけか?」
「ああ。事件を知ってる人達がたまに来るよ。言っても大人ばかりだけど。前は青山を捕まえたっていう警察官、その前は一般の人が来た」
「おいおい、モテモテじゃん」
「そうでもないさ。警察の人はまだしも、後者は事件の内容とか、中学時代の人間関係とか、いろいろ聞いてきて困ったよ。下手に職員呼んで面会ができなくなるのも困るから、適当にかわしたけど」
「記者じゃねぇの?」
「ま、順当に考えてそうだろね。んで、俺の情報源がわかったところで、次は?」
「"神楽陽菜"という名前に聞き覚えはないか?」
「珍しい苗字だから、聞いてたら覚えていそうだが……。知らないな。でもこれから聞くかもしれない。目を光らせておくよ。でもなんで?」
「めちゃくちゃ可愛くてな。仲良くなりたい」
「……。俺よりここにいるべき人材だな、お前は。連絡手段だが、このパソコンだと連絡ツールが使えないから、定期的にここに来るくらいしか安全に情報を渡す方法がない」
「週ニで来るとして、六回だから電車賃は……四千八百円!? 修学旅行前だってのに」
「へぇ、もうそんな時期か。季節が巡るのは速いね。いつどこに行くの?」
「三週間後に、夜都に」
「月の都か。いいねぇ。具体的な場所は? まだ決まってない?」
「これからだな。なんか欲しいのあったら買ってくるけど、何かいるか?」
「そうだな。掘り出し物のエロ本で頼むよ」
「
高校で友達ができたとはいえ、やっぱり古くからの親友と話すと安心する。少年院からの帰り道、行きと同じく電車に揺られながら、俺はそう考えていた。
メモ帳は役に立たなかったし、ボイスレコーダーは置いてきてしまった。俺の一抹の不安も同様に不要であってほしいものだが。
最寄りの駅に着いたのは一時を少しすぎた頃、昼飯にちょうどいい時間帯だ。駅を出ててくてくと歩いていると、家の前に人影が。昨日の三人に加え、今日は晴貴もいる。
「よう。今日も今日とて空が綺麗だな。どうした? みんな集まって」
「ね、言ったでしょ? うっちー、朝から話し方変なの! 絶対、悪いもの食べたんだよ!」
「キノコの類でしょうか。堀内さん、今すぐ吐きましょう。まだ助かる可能性はゼロではありません」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ。堀内くんは十七歳、まだ"そういう時期"から抜け出せてない子がたくさんいる年齢だよ」
「すげえ言われようだな、翔馬。昨日の今日で何があったんだ……?」
「喫茶店デート」
「俺を差し置いて!? ズルい!」
「早退してライブに行ったやつが何を言う! てか誰のライブ?」
「"Commander"。今度一緒行こうぜ」
「「「"Commander"!?」」」
その言葉に女子三人が食いついた。
「川越君、ライブ行ったの?! よく席取れたね」
「川越さん、羨ましいです」
「川越、私とも……行かない……?」
「え? みんなファン!? これはもうみんなで行くっきゃねーな! 今度のライブは半年後、楽しみだな!」
やばいやばいやばい。全然知らない。
「生歌、マジやばかった」
「川越はボーカル推し?」
「そうそう! マジかっけー!」
ボーカルね、はいはい、歌う人ですよね、知ってますよ。
「川越さん川越さん、スカルブレイカーの田口さんはどうでしたか?」
スカルブレイカー?????
「ティーンエイジャーの坂本もいい味出してるよね。だしで言うなら魚介出汁」
朝山さん、何を言っているんですか、貴女は?
話に入れなさすぎて気まずい。よし、話題を転換しよう。
「と、ところで、どうして皆んなはここに?」
「親睦を兼ねて飯食い行かねえかって、俺が天ヶ瀬に提案したんだよ」
「ん? でも俺たち昨日親睦会」
「やっぱね! みんな揃って川越班なわけだし? 班長抜きでやるってのもあれだし? ね? そう思うよね? 堀内くん?」
「ソウデスネ」
お金どうしよう。そう思いながら、俺は今度は学校方面、昨日と同じ商店街へと足を伸ばした。
青い空の噓 雨宮 命 @mikotoamemiya
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