最先端な毎日の、時代遅れな一日

 俵屋書店は、俺の行きつけの本屋だ。だが俺はなにもエロ本目的で毎回通っているわけではない。言っても二三回に一回ペースだ。それに最近は自重して、立ち読みこそすれど、買ってはいない。コンビニでの一件で、俺は成長したのだ。


「そこで、うっちーは、それはものすごいへきのエロ本を――」

「朝山、ここは喫茶店だ! 雰囲気を壊すような事は言うな! な?」

「むぅ、"特進のムードブレイカー"のクセに、言っていることには一理ある」

「そうだね。じゃ、この話はおいおい聞かせてもらおうか」

「今夜の通話の時に聞きましょう! 私の予想だと昆虫まみれ――」

「なんか今ひどいあだ名で呼ばれなかった? というか時矢さん! あれ、ユーフォーじゃないか!?」

「堀内さん、ユーフォーは都心部には現れませんよ。――今夜が今から楽しみです!」

「だね」

「うっちーったらもう、ものすごいからね」

「朝山、いや朝山様、何か欲しいものはないか?」

「んー、うっちーの部屋の本棚の写真かなー」


 そんな散々な仕打ちに耐えていると、ようやくコーヒーが届いた。


 他の三人は気づいていないようだが、俺は気づいてしまった。

「すみません、店員さん。お花畑の場所を教えてほしいのですが」

「頭の中を御覧くださーい」

「お花! 畑を!」

「わかりましたよ、仕方ないなぁ」

 

 まったくもうとふてくされながら俺をスタッフルームに案内するこの女の名は、神楽陽菜。以前俺に年確というトラウマを植え付けたコンビニバイトだ。

「で、何の用? 店長に見つかると面倒だから、早く戻りたいんだけど」

「お前、なんか前とキャラ違くない? ……っていうかお前、わざとコーヒー届けなかっただろ!? 湯気皆無だったぞ!!」

「会うの二回目の元クラスメイトに『お前』っていうキミも大概でしょ。だって、なんか面白そうな話ししてるし、これはもう、聞くしか無いよ……ね?」

「『……ね?』じゃねぇ!! 」

「あーもー、わかったわかった、うるさいうるさい。今度エロ本買うときは見逃してあげるから」

「次からは早く運んでくれよ? じゃあ俺は席に戻るから」

「うん。キミとはなんやかんやで長い付き合いになりそうだ。……名前なんだっけ」

「連絡先も交換したってのに覚えてねぇのかよ!? 堀内翔馬、"翔馬君♡"でいいぞ」

「堀内ちゃんね、覚えておくよ」

「おう」


 席に戻ると、話題は修学旅行についてのものになっていた。

「皆んなはどこ回りたい?」

「んー、私は写真映えスポットかな。写真とか動画をたくさん残したい」

「私は食べ歩きをしてみたいな。山や東京で食べられないものを食べてみたい」

「うっちーなら『俺は県内の本屋すべてを回ってレアモノを集めるんだ!』とかいいそう」

「「「いいそう〜!!」」」

 天ケ瀬、時矢、そして俺のハミング。

「「「わっ」」」

 天ケ瀬、時矢、朝山のトリプルアクセル(意味は知らない)。

「お花を積んできましたよ〜っと。見る?」

「ホンモノは私たちの予想を超えてきますな。……そういえば店員さん、知り合い? ずいぶん話し込んでたみたいだけど」

 

 神楽陽菜、ライン上での呼び名を使うと陽菜たん。

 彼女は、都落ち、河内原を既に辞めた身である。朝山たちと面識があるかはしらないし、言うまでもなく、俺は彼女が辞めたあとに出会った。彼女は既に新しい人生を始めている。彼女にとって過去の人間である俺達と下手に接点を作るのは良くないだろう。

 俺の名は堀内翔馬。とても性格のいい男だ。


「可愛かったからナンパしてた」

「堀内君……?」

 天ケ瀬さんがなんかもう、すっげぇ顔で俺を見る。

「麗奈ちゃんというお嫁さんがいるのに……!?」

 時矢さんは顔面蒼白で、口に手を当て、

「そ、そうなんだ。そっか、そうだね、うん、可愛かったよね、あの店員さん。……でも私とそこまで似てなかったけどな」

 ん? 脈アリですか? 朝山さん。


 根掘り葉掘り聞きたいところだが、今日知り合ったばかりの二人に遠慮しておこう。恋愛は仲良しグループをギクシャクさせるってのがラブコメの定石。ギクシャクは修学旅行の敵だ。そのフラグは俺が壊す。

 それはともかく、やはり朝山は陽菜たんを知らなかった。名前を出さなかったのは正解の――ようではないのか……? 時矢さんは複雑な顔をしていた。

「時矢さん……?」

 俺は思わず声をかけていた。いやはや、他人の顔を見て気持ちを察するとは、机と友達だった約一ヶ月前からよくぞここまで成長したもんだ。

「あ、いえ、なんでもないです」

 何かあるようだ。

「そ、そういえば、堀内さんの行きたい場所を聞いていませんでしたね。堀内さんはどこに行きたいのですか?」

 話を変えられてしまった。強引に戻すのも朝山や天ケ瀬さんに不信感を与えてしまうかもしれない。仕方ないか。話は後で聞こう。なに、修学旅行終了直後に縁が切れるとしても、まだ猶予は旅行中含めて一月はある。


「まずどこに行くかを知らない」

「行くのは月の都、夜兎やと。伝統的な建築が有名」

 朝山が教えてくれる。

「なかでも"ナイト・タワー"は圧巻で、月都のどこからでも見えるんだよ!」

 と、天ケ瀬さん。

「都まんじゅうはその美味しさから、ミケランジェロ5等星に入っているんですよ」

 と、言いたいことはわかる時矢さん。

 

 なるほど、面白そうな場所だ。動画のネタにもなるかもしれない。ワクワクするね。

 

 修学旅行まで、あと三週間。かねてからの懸念もなんとかなった。あとはこのメンバー、四人の班員と親睦を深めるだけだ。

 混んできたので喫茶店を出た頃には、空は茜色に染まっていた。辺りには金木犀の香りが広がる。

「じゃ、私こっちだから、また後で」

「あっ、天ケ瀬さん、私もそっちなので、一緒に……」

「もちろん! あ、堀内くん、麗奈ちゃんに浮気したこと謝るんだぞ〜」

「リョウカイデアリマス! ……っし、朝山、行くぞ」

「ギャップ萌え狙ってる? キツイよ?」

「またまた。つーか、なんやかんやで帰り一緒なの初めてだな」

「確かにね。家どっち?」

「こっから学校挟んで反対側」

「ふーん。じゃ、方向同じか。よし、ウヌに特命を与える。この私を家まで送ってゆくがよい」

「へいへい、仰せのままに」

 

 今日はとても楽しい一日だった。こんなに楽しかったのは中学の時に三徹した深夜テンションの拓人が学長のカツラを取って『マリマリモリモリ』とか言いながらこねくりだしたとき以来だ。

 そうだ、さっきの会話について、陽貴にも教えてやろう。あいつ、ハンカチを噛み締めながら悔しがるだろうな。


 時に特筆するまでもない会話をしつつ、俺達は朝山の家に着いた。

 

 突然だが、読者諸君にクイズを出そう。ヒントは、「ラブコメあるある」。













      










      「「家隣じゃん」」

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