絶望的な毎日の、光明が見えた一日
「……」
「どしたの、翔馬。何が書いてるの?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ、ホントに。マジで」
まずい。
紙には、現在進行中のネタ、「大声で鳴く鳥のおもちゃを牧場に仲間入りさせてみた(正式名称)」のこれからの計画が書かれていた。
読者の皆さんはもう忘れてしまったやもしれないが、何を隠そうこの俺、堀内翔馬は、動画投稿サイト『Cartooner《カートゥナー》』でそこそこ有名な投稿者、『Analyze』の片割れなのである。危ない危ない、アイデンティティの一つを忘れるところだった。
これが美緒に見られ、 万が一、朝山のときのように美緒が『Analyze』の視聴者だった場合、詰む。俺だけが活動者だとごまかすにしても、藤岡の机に貼られていたのだから言い逃れはできない。
藤岡は今年度で定年、教師を辞めることになる。ここは俺がなんとかして、なんとか平穏に退職させてやりたい。
「……給食の献立表、だった」
「この学校、給食とかあった? ……翔馬、ワタシになにか隠してる?」
「ナニモカクシテナイヨ」
「バレバレなんだよ。幼馴染だぞ? ごまかせると思うなよ?」
まずいまずいまずい。なにか良い言い訳を――
そうだ。ここは一つ、藤岡が週刊誌に引っこ抜かれたときの言い訳を使おう。
「藤岡にもプライバシーがある。それは言えない」
「なるほど。大体わかったわ。藤岡先生も男だものね」
なんかこのくだりを山下にスマホを没収されたときに藤岡とした気もするが、ここは前と違って否定せずにいこう。
「そうさ。あいつなかなか攻めた性癖してるからな。美緒に見せるわけにはいかないさ」
「え?! そんなにやばいの?!」
藤岡、ごめん。俺は今少し楽しんでいる。どうして人を変態に貶めるのはこんなにも楽しいのだろう。
――いや待て。美緒の顔がニヤついている。こいつ分かっててノッてるのか。悪趣味な奴め。
とは言っても、なにはともあれ紙の言及を諦めてくれたことに変わりはないので、話を進めよう。
「次の指示がないということは、これは藤岡の計画ではない、と判断して良さそうだな」
「ならこれは君のパンツの柄を知る彼の独断行動、というわけだね」
「ああ、俺のパンツの紐の緩み具合を知る彼の凶行だ」
『買い替えなよ、パンツ』、と呆れ顔で言われたが、お気に入りなので当分無理な話だ。
「――とにかく、これで、藤岡が絡んでないことは明らかになったってことだ」
「いやいや、それは違うでしょうよ」
と、美緒は続ける。
「紙には『職員室』としか書かれてなかったんでしょ? それなら、他の職員室に紙がある線もあるわけだ」
「それを考えてちゃキリがねぇよ。泥臭い高校生活に喘ぐ少年の物語が、ズボン盗られて校内駆けずり回って喘ぐ少年の物語になっちまうよ。意味わかんねぇよ」
「じゃあどうすんのさ。上学ラン、下体操服で授業受けるの? ウケるんだけど」
「受けねぇしウケねぇよ。流石に上下統一するわ」
これからどうしようか。二人の間に、沈黙が訪れる。
「だめだ、何も思いつかねぇ。なんでこんなに広いんだよ、この中高一貫校。」
「ワタシが聞いた話によると、数年後には小学校も併設されるみたいよ」
どんだけ金持ってるんだよ、河内原のおっさん。ああそうそう、これは初出の情報だったな。貴崎中学の時とは違って特に絡みはないから触れてこなかったが、市立河内原学園の理事長は、スーツが似合う人だ。それしか知らない。高校入学時にパンフで見たっきりだ。この学校の何処かに理事長室があるらしいが、俺はいまだかつてそれを見たことがない。
貴崎の理事長も気前が良かったが、河内原は、なんというか、格が違う。
風の噂では、一家全員が官僚経験者だとか、宝くじ一等を連続で当てただとか。貴崎は場所を限定して投資するって感じだったが、河内原は全体にまんべんなく投資っていう感じだ。ちなみに美術室のある高等部特別教室棟は、取り壊しの予定だったが、藤岡の強い要望で、そのままなのだとか。
友だちができなくて拗ねていじけてたから目が向かなかったが、なかなか面白い学校だな、ここ。あゝ、友達さえいれば……
「黄昏んな、翔馬。寂しいだろうが。美緒さんときたら、いいこと思いついちゃった」
「いいコト? 何だ?」
「スマホ持ってる?」
現代においてスマートフォンは必須。特に俺は隙間時間で動画の編集や参加者へのメールを送るため、常に持ち歩いている。
「ああ、あるぞ。ほら」
「グループライン入ってる? あ、グループラインってわかる?」
「舐めんな。一年の時のがある」
「二年のは……?」
言われてみれば、二年のグループラインがない。まったく、勉強のし過ぎだっつーの。
「困ったことがあったら、なんでも相談してね」 「やめろ、その慈愛に満ちた瞳で俺を見るのを今すぐやめろ」
「まずいねぇ……。んー……、一年の時、例のパンティー・ボーイは同じクラスだった?」
「1年のときはずっと本読むか寝てたからわからない」
「うん、そうだね、ワタシが悪かった。メンバーの欄から見てみよう」
ラインのメンバー欄をスクロールする。
◯ だいち
◯ ゆき❄
◯ 向沢宗悟
︙
︙
︙
◯ 滝沢馬琴〈マコト〉
︙
︙
︙
◯ ✝翔馬✝ 〜此の世の総てを統べし者〜
︙
︙
◯ Haruki Kawagoe
「「あった!!!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます