最低最悪の毎日の、最高最良の一日⑥
「おっおっお前えぇ……」
「落ち着けよ、茶でも飲むか?」
何様なんだ、こいつは。ここは俺だけの場所だと思ってたのに。あまりに自分勝手な怒りが湧いてくる。
「あ!」
「わっ」
「制服ね! わりいわりい」
幸いにもここは二人だけだし、こいつなら笑ってくれそうだし、悪態でもついてみようかな。
「お前なぁ〜!」
「ブフッ」
「……?」
「翔馬、お前喧嘩したことある? てか"喧嘩"ってわかる?」
「江戸の華の片割れだろ?」
「ごめんソレわかんね」
古語を滔々と説く暇もなく、俺は晴貴の学ランを脱がせにかかる。
「わっ ちょっとちょっと。寒い」
「なら
「まだ始まって2、3分ってとこだろ? いけるいける、お前の影の薄さならバレねぇよ」
「俺の席前なんだよ!」
俺はため息をつく。
「今日は厄日だ……」
「いやいや、そもそもお前がエロ本買おうとして引っかかってなけりゃ、俺にも引っかかることなんてなかったわけじゃん」
「ぐうの音も出ねぇ……」
すっかり意気消沈した俺は、晴貴の横に腰掛ける。古びれた校長室産のソファが、ギイと音を立てた。
「いかなくていいのか?」
「茶をしばきに来たんだ。朝山につけられた傷を癒やすんだ」
「なるほど。『江戸の仇を長崎で討つ』ってやつか」
それ知っててなんで『火事と喧嘩は江戸の華』知らねぇんだよ。そう声に出して突っ込む気力もなく、俺は不安定な背もたれに体を預ける。
「ほれ、これは何を隠そう、茶の名産地、静岡の―」
「あ、そのくだりやったことある」
「マジ?!」
なんだか、自分のテリトリーが侵されている感じで、嫌な気持ちになってきた。今日知り合ったとはいえ、晴貴はいいやつなのに。
「……あのさ」
「? どうした、翔馬?」
「いや、なんでもない」
言えるわけがない。こんな傲慢なこと。いくら今日の今日まで同性の友達がいなかったとはいえ(朝山はどうなんだろう)、そこまでコミュニケーションの常識を忘れたわけではない。
でも。
「……晴貴は、いつからここに?」
「俺? 昨日が初めてだぜ?」
えぇ……。昨日の今日でこんなにくつろがせるなよ藤岡。
「いやね、廊下歩いてたら藤本先生のネームプレート落ちててさ。首から下げるやつ。誰かはわからなかったけど、肩書に『担当:美術』って書いてたから、ここに馳せ参じたってわけ」
ん?
何かが頭の中で繋がっていく気がする。点と点が線分と線分に、そして直線になっていきそうな。そしてターバンに―いやいや、ナマステ系ラブコメは辞めたんだった。
「――それで?」
「そんで藤本先生見つけて渡したら、少しがっかりされてさ。なんか、『女子だったらな……』とかボヤいてたぜ。奴さんもやっぱオトコだな」
女子大好き人間の、心当たりが一人。
「んで、その後は……何話したっけな」
「ああそうそう、お前だよ、翔馬、お前の名前が出たんだよ」
ハイ確信犯。大体わかった。
俺が貴崎中学の放送部員だった時、数回サスペンスドラマを撮った。俺は演技が下手で、よく拓人に大爆笑された。
だが、脚本もトリックも、考えたのは俺。この程度の推理、わけないさ。
つまりはこうだ。俺になかなか友人ができないことについて悩んでいた、恩師藤岡氏。彼は妙案を思いつく。動画投稿者らしい、奇抜な案を。
河内原高校で美術を受けるのは、デザイン科の生徒だけ――ああ、これは説明していなかったな。この学校は私立だけあって、様々な学科が存在する。その一つが、デザイン科。ちなみに、俺や晴貴や朝山は普通科だ――そこから俺の友達を見繕うのは難しい。とはいえ普通科の生徒でも面識がないから、適当に選ぶわけにもいかない。
そこで彼は面接を行うことにした。わざわざ遠い普通科棟にまで足を延ばし、ネームプレートをわざと落とし、拾ってきた心優しい生徒と会話をし、その流れで俺を紹介する。同じクラスの陽貴が来たってことは、俺のクラスの前の廊下に置いたのだろう。
なんで俺は自分のクラスの前でそんな事が起きていたのに気づかなかったのかって?
休み時間はずっと寝た振りしてるし、放課後は帰宅部イチ早く帰るからさ!
話を戻そう。
そのネームプレートをたまたま拾ったのが、我が友人、川越晴貴だった、というわけだ。
別に女子が良かったとか思ってないからな!?
……藤岡に朝山の話ししすぎたかな。
晴貴と喋っててわかった。俺はかなり、酷いほどに、朝山との距離感を間違えていたらしい。
晴貴は結構グイグイ来るタイプで正直引いたのだが、それにデジャブを覚え、朝山を思い出した。俺の落ち度だ。反省点だ。反省せんといけない。
「……お前の話、聞いたぜ」
「! ……藤岡の奴、どこまで話した?」
「名前間違えてたな。藤山先生ね。……お前の境遇は聞いた。だが、それだけじゃお前のことは理解できていなかった」
「? そうか? それ相応にひねくれたと思ってたけど」
「ああ、お前はひねくれてる。かなりな」
「おい。ストレートに言うのな」
だけど。そう、晴貴は付け加える。
「それでもお前は千切れなかった。そんな強かさがあるってことが、今日わかった。そこまでコミュ障でもなさそうだしな。お前、中学の時は普通に友達いたろ」
「まあな」
「やっぱな! 俺の勘は当たるんだ」
制服も返したし、体育館でバスケでもするわ。そう言って、晴貴は去っていった。ここはまだ俺の、俺と藤岡だけの場所で有り続けるらしい。
その事実に、俺は安堵した。
藤岡の計画だが、わざと晴貴が俺の制服をかっぱらうというのまでは入っていたのだろうか。
藤岡はそんなことさせないだろうし、晴貴がここに俺を呼び出すためにアドリブでしたとしても、そんなに踏み入った話はしなかった。
それに、まだ謎はある。
何故藤岡は、俺がコンビニに行くことを知っていた?
あのタイミングで晴貴がいたのは単なる偶然、ハプニングだったのか?
となると、店員が元同級生だったのも怪しくなってくる。
そもそも、あのタイミングでコンビニに行ったのは、インチキ占い師、橘蓮華とラーメンを食べたからで――まさかそれも?!
謎が謎を呼び、新たなる点が線を解く。
「――あれ?」
今度は教室に入ったタイミングで脱いだズボンがない(中学時代より酷い叙述トリック)!
代わりにソファの前の机には、予備であろう、きれいに畳まれた、晴貴の体操着が一式。そういやあいつ、体育館に行くって言ってた!
これも
藤岡の手腕は、その背中の面積は、点だけでは計り知れない。
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