最低最悪の毎日の、最高最良の一日④
俺としてもまだ彼をよく知っているわけではないのだが、簡潔に彼の自己紹介もとい他己紹介をしておこうと思う。
川越晴貴。河内原の問題児。毎日のように遅刻し、息を吸うように課題をやってこず、息を吐くように教師にタメ口を使う。
その性格のせいで教師連中からの評価は最悪で、風の噂では彼の通知表にはマイナスの文字がついたそうだ。
……マイナスってなんだよ。逆に学校に評価をよこせということか?
そういえばいつか、学校の口コミサイトで河内原学園の評価を星一にしてやったっけ。その皺寄せなら悪いことしたな。
名前がわかってしまえば、怖いものはない。
と、言い切りたい人生だった。そういうタイプの人間は口が恐ろしいほど軽い。立て板に水だし、その立板がむしろ水流を更に加速させるオールとなる。
どうしよう。これから修学旅行に向けて友達――とは言えないにしても、そこそこの仲の人間関係は築いておきたい。
そんな打算で人間関係を考えることを、昔の俺は許さないに違いない。
だが、人は変わる。昔は下ネタを全く言わなかった品行方正な少年が、五年後には二酸化炭素と同時に、どちらが二酸化炭素かわからなくなるほどに下ネタを言ってしまうようになるように。人の細胞が四年で入れ替わるように。
それに合わせて、人は適応していく。その行為は、人によってまちまちで、一説によると三日あれば人は物事に慣れるらしいが、ならなぜ俺は未だに学校を忌み嫌っているのだろう。
私立河内原学園。公立ではない、私立高校。屋上も開放され、食堂も充実。スカートの丈は短く、女子からはとてもいい匂いがする。夏にはもう、制汗スプレーの匂いと汗の香りが混ざってもう、もう、もう――。公立の生徒は血の涙を流して羨むような環境にいるはずなのに、俺の高校生活は、灰色で、虚しい。空虚だ。ソラウソ。
早くキャンパスライフに身を投じたいぜ!
女子大学生が俺を待っていることを信じて――。
「なるほど。この奇妙奇天烈摩訶不思議な間が、堀内の『黄昏時』ってやつか」
「あっ、……たッ……黄昏れるにぁ、黄昏れるには、まどゅぁ……、まだ、早いぜ」
「やっぱ『あ』って、最初につけるんだな!」
一ヶ月前に聞いた気がする台詞を再び聞きながら、俺は何とか、視線を川越に向ける。
身長は低め――とは言っても俺よりは十センチほど高い。俺の名誉のために身長に関しての記述はここまでにしておく。
遠目で見たら黒だが、よく見れば、少し青っぽい、ただでさえ暗いのに、更に黒い紺色の髪。肌は白いが、それで余計にニキビが目立つ。潰したあとが二、三ある。
顔は――大変腹の立つことに美形だ。俺とこいつで足して二で割っても、ギリギリ美形のラインを保てるほどに。
いかんいかん。初対面の相手には博愛の心で臨むのだ。美形を愛せよ。
「えっと、川越、君はこんなところで何を?」
「晴貴でいいよ。仲間内じゃいつもそうだし。俺? 俺はいつもみたく寝坊してさ、一限目染谷じゃん? 実は次遅刻したら通知表の数字がマイナスになるらしくてさ。だからここで時間潰して、後で『体調が悪かったけど回復してきたので来ました』って言っとくって魂胆さ。」
マイナスの話は本当だったのか。
「堀内は? 同じ感じ?」
「あ、うん」
探偵のことは言えない。
「それで、取り敢えず落ち着こうというわけで、それを買おう、というわけか」
晴貴は、俺の腰元を指差す。
「あ、いや、これは」
「別にいいって、気にすんなよ。逆に興味がないやつのが珍しいって。どれどれ――」
陽貴が硬直する。
「あ、いや、あの、えっと、これは」
「ハードだな………………」
女子の前で猥談をする男にまで引かれた。朝山ならまだしも、晴貴にまで……。
あれ?
つい一分前に初めて話したばかりだというのに、晴貴への警戒が、無意識のうちにかなり解けている。
思えば朝山のときも速かった気がする。尤も、中学生や、もっと遡れば小学生の時分は、初対面の男子と、その日のうちに親友になったこともある俺だ、ありえない話ではないのだが。
「てか俺も名前でいい? 翔馬」
もう呼んでるじゃん。
やはり、その高いコミュニケーション能力か。年齢を重ねるごとにむしろ進化するタイプか。羨ましい。
「いいかい、晴貴。これは決して俺の趣味ではなく、たまたま手に取った本がこれだっただけのことなんだよ」
「たまたま玉にきた、というわけか」
「上手いこと言った、って顔しないでくれる? 今無性に腹が立つ顔してるよ、君」
「俺は
「いやこれはあくまで趣味としての蒐集活動で」
「はいボロが出た〜!! いやぁ、あの目立たない堀内くんに? まさかこんな趣味があるとはねぇ」
初期朝山のウザさを十倍濃縮したようなやつだな、こいつ。
晴貴はクラスのリーダー格だから、彼に手伝ってもらって、現在二番目に緊急で、一番重大な問題である「修学旅行班問題」を解決する礎となってもらおうと思ったのだが、彼にその重すぎる役割は期待できそうにない。
朝山に泣きつくしかないのか。
人を利用することに抵抗がなくなっている自分に気づき、嫌気が差す。
昔はこうじゃなかったんだけどな。
「翔馬。『黄昏時には早いぜ』」
「晴貴……」
「朝山から聞いたぜ。頑張るんだろ?」
「――ああ……!」
俺は制服を脱ぎ、晴貴に手渡す。晴貴はなぜかそれを羽織る。誇らしげな表情とともに。
俺は堂々とレジへと向かう。十一月も近く、半袖シャツだと肌寒くなってきた。昨今の世界では地球温暖化が進行しているはずなのだが、冬に近づきつつある今、それを感じさせる兆候は何一つないように感じる。
俺は依然として堂々と、年齢確認ボタンを押そうとする。
――俺の希望的観測は、全て外れる。
by、俺。俺の紡いだ言葉である。
レジ打ちの、俺と同じくらいの身長で、ダウナー系というのか、目の下にクマのある、気だるげな感じのお姉さんが、俺に問う。
その瞬間、俺や晴貴のみならず、俺と晴貴との一部始終を見ていた者は、後にこう語ったという。
「『終末った《おわった》』と思いましたね」
「……っと、お兄さん、いくつ?」
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