最低最悪の毎日の、最高最良の一日③

 体力を考慮すると、学校まで残りは大体一キロだから、十分もあれば着くだろう。ぐるるるる。

 うっ。

 いまのぐるるるるは犬が吠えたわけではない。俺の腹の音だ。

 お腹が痛い。食べたあと走るのが良くなかったのか、それともわざわざ怒られに行くストレスか。

 トイレに行ったほうがいいだろうか。理論上大きい方は刺激に耐えきれば乗り切れるのだが、それに耐えられず地に伏した仲間を幼少期に何人も見てきた。

 俺は齢十七にして、その仲間入りをするというのか……?

 

 お花を摘むか、走るか。

 予想到着時刻は九時ジャスト。その時授業は残り十五分。染谷が四捨五入の制度を取り入れていた場合、つまりは『授業時間の半分以上出席していないものは欠席扱いとする』場合は詰み。

 俺の希望的観測は外れるから、ここは前者を取ろう。済まない、我が幼き日の仲間たちよ。汝らの仲間になることはできない。


 俺は急停止して、右斜め後ろのコンビニに方向転換する。そんな俺の突飛な行動にも、東京人は動じない。そんな彼らに俺は感動する。来年の24時間テレビのタイトルはこれで決まりだ。「24時間テレビ 東京人は動じない」。


 コンビニに這入ると、こんな時間にも関わらず、白シャツの制服の高校生がいた。俺はこんなにも焦っているというのに。冷めた目で見ながら、お花畑に向かう。

 

        (お花を摘む)


        (音姫の音)


        (水を流す音)


 突然だが、これを見ている諸君は、コンビニにトイレ目的で這入ったとき、なにか買わねばならないという思いに駆られることはないだろうか。

 俺は普段はそんなことないのだが(店員と話すのがめんどくさい)、今日だけはなぜか、買わねばならない気分になってしまった。目がトイレの近くの本棚に向かう。当然、本屋ほどではないが、R18コーナーがある。俺は喉を鳴らし、手を向け――



 「いや堀内、制服でそれよむのはやばいっしょ」

 意識外からの声に、俺の手は痙攣する。心音が高鳴る。終末おわった。遂に、補導か……。

 ん?

 今俺の名前を呼んだな、この声の主は。

 俺は恐る恐る、声の主の方を向く。ちゃっかり手に取った本を、大事に大事に背中に抱えて。


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