称賛されるべき毎日の、揶揄されるべき一日

 俺の人生のテーマと言うか、信条というものに、「自分の直感を信じない」というものがある。

 逆に、「『こうなる』と思ったことが外れる」と思ったから、そうなるとも言える。

 兎にも角にも、俺の体調は全快だった。

 

 だが、俺の抱える問題は、まだ何一つさえ、解決していないのだ。

 その一、なぜか怒らせた朝山との仲直り。

 そのニ、クラスメイトと親睦を深める。

 これら二つが、直近の俺の課題だ。


 通学路の自動販売機で、少し高い、いや、かなり痛い出費だが、エナジードリンクを買い、飲み干す。微炭酸とはいえども、喉がぴりぴりと痛い。

 来年は受験だから、カフェインの日常的な接種は控えておかないとだが、今日だけは仕方ない。

 カフェインのせいか、それとも、この昂る感情のせいか。心臓がばくばくする。

 今日は朝食もそこそこに、早めに家を出たから、まだホームルームまでは時間がある。

 よし、景気付けにエロ本を買おう。




 突然だが、男子は変態ばかりで、女子はそこまで、という風潮は、どうにかならないものだろうか。

 男子だろうが、女子だろうが、変態は変態だ。

 男子はそういった話を好む傾向にあるためそれが顕在し易いだけで、実際の変態度は、同程度だと思う。

 何が言いたいかと言うと、同じ空間にいる人間のうち、変態性を帯びた男女それぞれのパーセンテージは、ほぼ同じだろうということだ。

 その割合が、もれなく100パーセントになる場所がある。

 

 例の書店の、例のコーナーに着いた。

 心なし、この前行ったときより、棚が増えている気がする。俺のような、全員が全員好むわけではない癖を持つ人間にとっては、嬉しい限りだ。

 「!」

 なんだ、これは。

 こんなの、見たことない。

 背表紙からわかる、そのギルティ

 これは、俺と出会うがために、入荷された本だ。そうに違いない。

「ぉおまえぇぇ……こんなところにいぃ…」

 興奮のあまり、声が震える。身体が震える。心が、震える。

 この世界が、俺を祝福している。

 俺はミュージカルのキャストのように、歌い、踊りたい気分だった。

 今は学ランだが、下にはTシャツを着ている。学ランさえ脱げば、俺は壁を超えられる。

 「やっと、やっとだ……。ついに、俺は―」

 もう、エピローグは不要だ。ここからは、魂の会話。思考などすべて捨てだ。

 今度こそ、今度こそ今度こそ、今度こそ今度こそ今度こそ、エロースの世界へ―

 

 本を取ろうとして手を伸ばしたら、他の人と手が重なってしまった。

 白く、細く、それでいて、柔らかい手。長い指。ささくれ一つない指先。整えられた爪。黒色のネイル。


 先程、男女関係なく変態であるべきだと言ったと思うが、それでも、本の内容が内容だけに、俺は面食らってしまった。

 だが、その意外性は、そこまで問題じゃない。

 この爪は。

 俺が机に突っ伏しながら、何度も至近距離で見てきた、何度も俺を魅せてきたこの爪は。

「朝……山…………?」 

「どうせここだろうと思った。? 何その顔。……アンタまさか、今の今まで私に気づいてなかったの?!」

 まさかまさか、この展開は。

「ねぇ聞いてる? 話があるんだけど」

 何度も夢に見た、この展開は。

「おいこらうっちー、聞いてんのか」 

「始まってしまうのか……」

「は?」 

「ラブコメがぁ……始まってしまうのかー???」

「いや始まんないから」


 始まりません(作者)


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