温床に入り浸る毎日の、寒空に身を包んだ一日

 授業をすべて受け終わり、家に帰る。

 風呂に入り、母親と父親が作ってくれた夕飯を食べ、二階の自室へと上がる。

 今日も、夜が来た。人と、特に普段話さない人と話した日は、夜が来るのが遅く感じる。

 

 ついに明日となってしまった。明日には、修学旅行の班が決まる。

 明日一日でクラスメイトとコミュニケーションを取り、ある程度仲良くなり、班に入れてもらわなければならない。

 攻めるとしたら、高校入学組だな。基本的にクラスメイトは他人に興味を持たない。高校から入ってきた新顔である俺達にはなおさらだ。

 彼らは前まで俺が"陽キャ"と呼び忌み嫌っていた存在だが、この際、妥協するしかない。

 真面目真面目に過ごすより、はっちゃけたほうが、修学旅行らしいだろう。

 

 自分の思考についてはここまでにして、俺はスマホのメールソフトを立ち上げ、返信を確認する。出演者からはもれなく返信が来ていた。日時、場所、その他諸々の指示を打ち込み、一斉送信する。


 俺は、恨み言を言っていられる立場じゃないのかもしれない。いや、そうに違いない。

 『Analyze』の出演者は、確率的に、他人同士であることがほとんどだ。

 俺は彼らに、他人と共同することを強いている。

 彼らはそれを了承した上で、応募をしている。

 それでもだ。それでも、それは、俺がやって良いことなのだろうか。他人との共同を拒み続けてきた俺が。


 ポン、と無機質な機械音が部屋に響く。出演者の一人からメールが届いていた。

 『この度は僕を選んでいただき、ありがとうございます(笑顔の絵文字)! 誠心誠意、頑張らせていただきます(上腕二頭筋の絵文字✕2)!!! Analyzeさんの動画にはいつも笑って貰わせています(笑っている絵文字)!!!!!』

 感嘆符の数がan=2n−1の数列だ。このままいけばいつかスマホの画面が!で埋まるんじゃないだろうか。

 そう思い、画面をスクロールしてみたが、その後は再び感謝を述べる形で、メールは終わっていた。

 個人的なメールに返信はしない決まりを、管理人として設けているので、そのままメールソフトを閉じた。そして、ラインを開く。

 どこのクラスにもあるように、進学校の特進クラスといえども、真面目か否かで二分されたクラスと言えども、クラスラインは存在する。

  

 クラスラインは、四月から、時間が進んでいなかった。

 ある女子が、俺と同じように、真面目でも不真面目でもなかった女子が、『夜分に住みません。今日の宿題の問題を見せてください』と、四月の二三日、夜九時過ぎに送ったっきり、何もメッセージが送られていない。

 誤変換は、誰にも突っ込まれることはなかった。

 因みに彼女は、五月の半ばに学校を辞めてしまった。

 何もできなかった俺としては、罪悪感こそあるが、だからといって、何かできることがあったわけじゃないから、特に引きずってはいない。

 

 

 だめだな。クラスラインは使えない。あってないようなものだ。

 となると個人ライン。俺は"友だち"のボタンを押す。公式、公式、公式、公式、公式、公式、中学の友達、公式、公式、公式、公式、中学の友達、公式、公式、公式、公式、公式、公式、公式、公式、中学の友達、中学の友達、公式。

 それ以前は、高校に上がって機種変をした際に全て消えてしまった。

 困ったな。高校の友達がいない。

 

 朝山とは、ラインを交換していなかった。今思えばそのことが話題に出なかったのは、彼女にはその時から彼氏がいた、もしくは意中の男がいて、ほかの男からは一線を引いておきたかったのだろう。


 朝山の彼氏など俺が知ったことじゃないから、俺は迷わず、いや五分ほど迷ったがこれは当社比で誤差程度なので無視して、朝山を友達として、スマホに認識させた。

 朝山が勉強しているとは思えないし、寝るにもまだ早い時間帯だ。早速メッセージを送る。

 女子に送るのは初めてだ。男子の距離感で送ると、威圧感を与えかねない。ここは、可愛い絵文字を使って、ゆるふわな感じに。

 

『やっほー麗奈チャン(笑顔の絵文字)!!

 元気にしてるカナ?(首を傾げる絵文字)

 ちょっとお願い事があるんだけど(眼がキラキラした絵文字)……頼まれてくれるカナ(カナチャンに向けてじゃないヨ!)』

 

 すぐに既読が着いた。良かった。彼氏と電話とかしてなかったようだ。後で霧嶋から怒られるのは御免だ。いやいま奴の家にいるという可能性もある。どちらかが風呂に入っていて、その間に見たとか……。


 俺が中学生時代に買ったバタフライナイフを探して押し入れを漁っていたところ、『ライン!』と明るい声が響く。返信が届いた。


『キモい』

 

 返信になっていない。いや、キモいくらい元気で、キモいくらい俺のお願いを頼まれてくれるモチベーションがあるということかもしれない。なんて頼もしいんだ。

 おぢさん構文、JKの間で流行ってるって、ネットで言ってたんだけどな。

 俺は涙をこぼしながら返信する。こういう時は変に飾らず、ストレートに要件だけを伝えるに限る。


『友達紹介してくれない?』

『死ね』


その後、いくら俺がメッセージを送っても、朝山から返ってくることはなかった。

 

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