計画通りの毎日の、定石破りな一日
さて、クラスの堅物たちを、どう攻略していくか。
関わりがあるクラスメイトから攻めていくのが妥当なのだろうが。うーん。
早速行き詰まってしまった。
あの時こうしていれば。環境がもっとああであれば。たられば言っていても仕方がない。それはわかっているのだが。
でも。
昔の俺は、もういない。
ならば。
今の俺も、変わらなければならない。
変わるんだ。
曇天の日の通学途中。俺は毎度のごとく空を仰ぎ、都会人のスルースキルに感動しながら歩いていた。
自販機で炭酸飲料を買い、一気に流し込む。
喉が痛い。むせてしまう。それでも、流し込む。
「よしっ」
昇降口に着き、ひとまず深呼吸をする。
靴を脱ぎ上履きに履き替え、一呼吸で階段を駆け上がる。
普段より早く出たから、廊下にいる人は普段より少ない。
あいつ、今頃来ているだろうか。前は、同じタイミングだったけど。
教室の外から、彼女の姿を探してみる。
いた。
俺はもう一度深呼吸をして、教室後ろ側のスライドドアを開ける。
そして、彼女の席、朝山麗奈の席へと向かう。
「よう」
「おっすおっす。なんかさ、話すの久しぶりだね」
「一ヶ月ぶりくらいかな?」
「そこまではないでしょー!」
「イベントの量で考えると半年はたった感じだ」
「あ~、そうだねぇ」
意外に話せる。俺はホッとした。
「あのさ、修学旅行のことなんだけど」
「あ~、ずばり、班決めでしょ」
「Exactly、その通りだ」
「うわぁ、気持ち悪い」
「辛辣味のストレート麺はやめてくれない?傷つくから」
「ごめんごめん。話戻すけど、組む相手がいないから、唯一クラスで面識がある私を誘おう、もしくは私にクラスメイトとの架け橋になってもらおうって魂胆でしょ」
「Exactly、その通りだ」
「…気に入ってるの?そのくだり。やめといたほうがいいと思うなぁ、ね?」
「優しく諭すな!傷つく!」
そんな他愛のない会話をしている間にも、日本でもアフリカでも平等に時間は過ぎていき、陽キャたちもぞろぞろ来だした。
そういえば、"陽キャ"や"陰キャ"といった言葉をあまり使わないほうがいいと、朝山に注意された。話す前から、他人との間に隔たりを作らないほうが、コミュニケーションは円滑に進むらしい。
珍しく建設的なことを言うなと褒めたら、割と強めに小突かれた。
「―他人と隔たりを作るな、とは言っても、いきなりは難しいよね。今まで、私が知る限りは半年以上、ずっと一人だったわけだし」
「一年半だ。一年半、俺は独りだった」
「なが!よく耐えられたね」
「コツは腹式呼吸だ」
「……どう突っ込めばいいかわかんないよ。 話の続きは、昼休みでいい?うっちーの席でいつも昼食べるし」
「……"席"が椅子の上じゃなくて机の上を指すのは珍しいぞ」
「あはは……じゃ、そゆことで!」
朝山は前の方でこちらをチラリズム体操している陽キャ……改め……名前がわからない……あー………、………………、活発的な?人たちの方へ………とにかく、教室の前方にいる生徒群の方へ向かおうとする。
「あ、ちょっと待って」
「?! びっくりしたぁ……。どした?」
「昼休み話しかけるのハードル高いから、放課後でいい?」
「あー、別にいいけど」
「あの、場所なんだけどさ」
「うん」
「美術準備室でいい?」
「……なんで?」
一般的に、睡眠不足は敵だと言われている。だが、寝たくても寝られないのが、現状だ。
"自称"の有無に関わらず、進学校の生活は、文字通り死ぬほど忙しい。
ここ河内原高等学校も例に漏れず、中学から高校に上がる時に脱落したり、高校二年に上がる段階で脱落したりと、点々と脱落者が出ている。
余談なのだが、河内原の生徒間では、退学する事を"都落ち"と呼んでいる。
果たして、この学校は"都"なのだろうか。
俺には、都が栄えてから来た新参者である俺には、そうは思えない。むしろ、"都入り"だと感じる。
だが、そんな事も言っていられない時期になってしまった。時は来たのだ。
孤独=《すなわち》死のイベント、修学旅行が。
未知の地で孤独に彷徨うことの危険性は、無知の知よりも自明の理である。
俺は焦りを感じていた。
一ヶ月で、中学時代と同程度とは言わなくても、ある程度まで、人脈を築くことができるだろうか。友達の作り方なんてもう忘れてしまった。
クラスメイトと馴れ合うことさえ拒絶してきた俺の状況としては、かなり詰みに近しい。
全ては放課後に決まると言っても、過言ではない。
朝山麗奈。彼女が俺の命運を握っている。
彼女とは友達と呼べる関係にはなく、ただのクラスメイト、もしかしたらそれ未満かもしれない。
積極的な会話をしたのはもう一週間以上前のことになる。聞こえは短いが、その間引くくらい濃い出来事があった。
我ながら、よくできた物語のようだと感じる。
まあ俺の場合、高校入学から一年半に渡る人生の記憶が机の木目ってくらいだから、平均してそれでも、人並みよりは足りないってくらいなのではないだろうか。
俺の心臓は速く脈打っていた。このまま一生分の拍動を済ませてしまうのではないかと、心配になるくらいに。
そんなエピローグを綴りながらも、授業は淡々と、着々と進んでいく。
その授業の目標しか書いていない数学用のノートを、ずっと見つめていたことに気づく。
授業はもう後半戦へと差し掛かっていた。今日の回想は一限で済んで良かった。それで気分がいいから、今日は珍しく真面目に授業を受けてみよう。
なんの気無しに、教室を見渡してみる。中央の列の、後ろから二番目の俺の席からは、教室の全体が良く見える。
前四列の生徒はひっきりなしにノートと黒板と、教科書を見比べ、後ろ二列の生徒は俯いて、こっそりスマホを弄んでいる。
今日の天気は、晴れと曇りの繰り返し。明確にどちらとも断定できないのがもどかしい。
教室の前方を向く。今解いている問題の板書を見る。一つ深呼吸をする。学校配布のタブレット端末で以前の問題の文書を撮影し、今の問題の模写に取り掛かる。
撮影の音で俺の存在に気づいた教師は、一瞬物珍しそうな顔をしたが、すぐに意識を前四列に戻し、少し前の部分から説明を再開した。
教師の説明は、解り易かった。
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