惰性で生きる毎日の、決着をつけなければいけない一日

 本当は自分だけでケリを付けたいところだが、場合が場合だ。

 俺のエゴのせいで日本の宝になにかがあってはならない。知らない人に話し掛けるのを、躊躇っている暇はない。事態は俺が思っていたより、緊迫しているかもしれない。

 

 俺と婆さんの会話をチラチラと見ていた警察官の方に、俺は堂々と歩いていく。

 警察官は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに仕事用の表情に戻る。

 「…どうされましたか?」 

 すこし怪訝そうな声色で、彼女は言う。

 「一連の事件の犯人を、俺…僕は知ってるかもしれません」

 「なんですって?!それは本当ですか?!」

 「ええ。二年前の僕の予想が外れていなければ」

 「ニ年前? よくわからないわ―でも、なりふりかまっていられない。君、犯人の場所はわかる?」

 「この時間なら、二択―いや、三択です」

 「少し待って。応援を呼ぶ」

 「待てません。事件が起こる感覚が狭くなっています。こうすることによる犯人のメリットは考えられません。つまり犯人は犯行を理性で抑え込めなくなっているんです」 

 「…すごい推理ね。…あなたの言う通りね。近くまででいいから、案内してくれるかしら? あなたの安全は、私が保証する」 

 「ええ。任せてください」

 

 警察官に怪しまれるかと思ったが、そんな暇はないらしい。

 "すごい推理"、か。

 こんなの、推理でもなんでもない。

 ただの友達の、勘だ。

 こちとら何年友達やってると思ってんだ。


 二年前のリベンジマッチだ。

 拓人。今度こそお前を止めてやる。




 運が良かったのか、悪かったのか。

 俺たちが行った、三分の一に、正確にはその近くの路地裏に、拓人はいた。

 脇にぐったりとした中型犬を抱えている。 

 それが一瞬人間に見え、鳥肌が立つ。

 「…久しぶりだな、拓人。…やっぱりお前か」

 「『やっぱり』?…あー…なるほど…か」

 「ああ、だ」

 拓人は、俺の後から走ってきた警察官を見て、諦めた顔をし、今にも泣き出しそうな、震えた声で言った。

 「いつから…気づいていた?」

 「前の事件のときは気づかなかったよ。気づいたのはその後、拓人、根津拓人と面会をしたときだ。あいつは言った。『犯人は俺』だとな。俺は思ったよ。とな」

 俺は貴崎中学のもうひとりの拓人、青島拓人を、警察官にハンドサインを出して、共にジリジリと壁際に追い詰めながら続ける。

 「あの日の根津拓人は、なにか様子がおかしかった。まるで、操られているようだった。お前が操ってたんだろう?」

 「…根拠は」

 「漫研の発表」

 そう。何を隠そうこの男、青山拓人は、我ら放送部の被害者である漫研が元部長その人である。

 「動機は、俺がいちいち言わなくても、わかるだろう?」

 「俺たちへの恨み、だろ?」

 「感謝してくれても良いんだぜ?俺のお陰で、お前はいじめられずに済んだんだ」

 「黙れ!あんなの、解決策とは言わない!」

 青山拓人は犬を投げ捨てて言う。

 「黙るのはお前だ!根津はあのままだと廃人になっていた! 使えないゴミを利用したんだ。俺は何一つ間違えていない!」

 埒が明かない。

 「堀内君、もういいわ。―君、青山君、だっけ?署まで来てもらうから」

 「俺を捕まえられるとでも?」

 「ええ。あなたはもう逃げられない。自分でも、薄々わかっていたんでしょう?」

 こんな真っ昼間から、小学校の目と鼻の先で、こんなことを。

 吐き捨てるように言い、警察官は青山に近づいていく。

 青山は腰からナイフを抜く。それも二本。

 あのときの武器はこいつからか。

 警棒では太刀打ちしにくい。

 警察官が身じろぎをする。

 青山は下卑た笑いを浮かべ、警察官に突撃する。

 

 もうこいつのリミッターは、とっくの昔に、拓人を騙す前から壊れてしまっていたんだ。

 最後のターゲット、それは多分俺だ。

 あの日、青島は根津拓人を利用して、俺を殺すつもりだった。

 根津拓人が、俺が人質となることを予見していたのは、それが計画に組み込まれていたから。

 俺の反乱は計画外だったのだ。

 



 話は再び、中学時代に遡る。

 卒業式の帰り道、俺はたまたま見てしまった。

 青山が、都会のネズミを溺死させるところを。

 青山は川に落ちてしまったネズミを執拗に蹴り落としていた。嗜虐性に満ちた、残酷な笑みで。

 俺は思わず息を漏らしてしまった。あくまで、息だけ。本当に。

 すぐ逃げ帰ったが、一瞬、青山と眼があった気がした。




 高一になる前の春休み、再び少年院に面会に行った俺は、拓人から、青山が来たことを聞かされた。

 拓人は酷く怯えていた。

 何があったのか聞いても、震えるばかりで、何も言わない。

 最終的に職員に強制的に面会を終わらせられ、何も聞けずじまいとなった。

 

 

 このことを、現在の事件が起こってから思い出し、一年半前の拓人の証言と繋がった、というわけだ。

 

 そして、そのことは、青山にお見通しだった。


 俺を始末するために、敢えてわかりやすい犯行をした、というのは考えすぎだろうか。


 それはともかく、青山は警察官を倒したあと、俺を殺すつもりだ。

 青山の目は血走り、かっぴらかれている。

 恐ろしい。


 警察官は俺の前に立ち、守ろうとする。

 だが、華奢な彼女と、あれから身長が伸びて今や百八十センチを優に超える青山とで、勝負になるのだろうか。

 

 青山は接近する。片方のナイフと、警棒が交わる、その刹那。

 青山の脇に、何かがとんでもない速さで衝突した。 

 中型犬だ。

 青山は意表を突かれ、派手に吹っ飛ぶ。

 警察官は、その瞬間を、見逃さなかった。




 人を見た目で判断してはいけない。昔からよく言われてきた言葉だ。

 平等の時代のいまでは、当たり前のことだ。

 常識だ。

 だが、誰が思おう。

 俺に付き添った華奢な警察官が、合気道の大会の優勝経験者だと。



 青山をスマートに投げて固めて捕まえた警察官のもとに応援が到着し、青山は現行犯逮捕となった。もう少年法は奴を守ってくれない。当分出てこれないだろう。

 俺は警察に保護され、軽く聴取を受けたあと、パトカーに乗せてもらい、家まで帰った。



 こうして、俺の非日常的日常は、幕を閉じた。

 その日は、帰宅してすぐ、泥のように眠った。

 起きぬけに、父親が動画のネタにさせてくれないかと頼んできたが、丁重にお断りした。

 だがそれは冗談だったようで(例のチャンネルは消えていた)、笑いながら一万円を渡してくれた。これで女子校生もののエロ本でも買えという、父からのメッセージだろう。

 『好きなものエロ本、買っていいぞ』とは、中々小粋な台詞だった。

 最近は以前の堅苦しさも抜けて、息子としては嬉しい限りである。


 学校に着いたとき、俺に『特進クラスの伝説』という仇名がついていたのは、また別のお話。

 


 

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