誰もが正しい毎日の、誰もが間違っている一日③
俺は居ても立っても居られず、拓人がいるという一階に向かおうとした。
「おい、翔馬。お前何する気だ?」
一緒に勉強していた友達に止められた。
「あいつを、止めに行く…!」
「待て。それはお前がやることじゃない。警察がやることだ」
「今この瞬間も、拓人は暴れてるんだ!ウサギだけじゃなく人に被害が出たらどうするんだよ?!もしそうなったら、俺は、俺は…!」
「落ち着け。根津は武器を持っているんだ。いくらなんでもガスガンで血まみれの服が作れるとは思えない。そうだろ?」
「ああ。多分、刃物も持っている」
他クラスの友人も言う。
「尚更、お前の出る幕じゃない。冷静になれ、翔馬」
「なってられるかよ!」
「何故だ?何故そこまで奴に肩入れする?最早奴は犯罪者だ!お前は共犯者になるつもりか?!」
「あいつがそうなったのは、俺のせいなんだ。俺が拓人を孤独にしたから」
「それはやつが好き好んでなったことだ!お前に責任はない!」
「悪い、いかなきゃ」
「待て!翔馬!死ぬぞ!!」
「すぐ帰る。空間図形、わからないところがあるんだ。後で教えてくれ」
俺は急いで一階へと階段を駆け下りる。
違和感。
何故、そこまで叫び声が聞こえないのか。
何故、避難を伝える放送がないのか。
何故、非常ベルが鳴らないのか。
すでに俺達は、拓人の掌の上にいた。
一階いると思っていたが、拓人は移動していた。
俺の人生において、俺がこうなるかもしれないと思ったことで、悪いことは、必ずと言ってもいいほど当たる。
拓人は、一年生を人質に取っていた。
他の一年生はすでに避難していて、教師たちが拓人を取り囲んで、説得を試みている。
やはり刃物は持っていた。太い左腕で抱き寄せた一年生の首元に、ナイフを突きつけている。
折りたたみじゃないガチのやつだ。
可哀想に、一年の男子生徒は震えている。
これじゃあ騒ぎにできないわけだ。
迂闊に刺激できない。
廊下の曲がり角から覗いて様子をうかがっていると、拓人と目があってしまった。
覚悟を決めるしかないか。
俺はおもむろに歩き出す。
驚いた表情の教師を尻目に、拓人に人質交換を申し込む。
拓人は笑っていた。
「何が面白い?」
俺は怒気を孕んだ声で拓人に話しかける。
人質は俺だ。遠慮なんか知ったことか。
「いや、"お前ならそうする"って思った通りだったからな」
相変わらず笑いながら拓人は言う。
拓人の思考は、俺の思考に似通っている。
ずっと一緒にいたからだ。
それでも、拓人が何故こんな犯行に及んだのか。それはわからない。わかってたまるものか。
「なにが目的だ?」
「場所を、変えようか」
太ったせいか、呼吸が以前より荒い。話し方も、違和感がある。
なにが拓人をここまで変えてしまったのだ。
移動先は体育館。全校生徒はそこに避難していた。
ざわざわとしていたが、俺と拓人が入って来ると、余計ざわめいた。
「うるせえ!」
拓人が、迷彩柄のジャケットの内ポケットに入れていたボタンを押す。
すると、体育館の四方八方から爆発音が響いた。
火薬の匂いがする。
生徒の叫び声。
だがそれも、拓人の『こいつを目の前で殺されたくなかったら騒ぐな』という一言でたちまち消える。
考えたくないからあえて記述しなかったが、拓人は白いシャツに、"何か"がパンパンに詰まった迷彩柄のジャケット、迷彩柄のズボンを履き、肩に銃(多分おもちゃ、むしろそうでないと困る)を下げている。
「そこまでするか?!怪我人が出たじゃねえか!」
「どの立場で俺に言を言っている、下等生物が」
「な…」
温厚だった拓人からの、冷たい、剣呑な眼差し。
俺を黙らせるには十分だった。
拓人は教師に用意させたマイクを手に取り、声を張り上げる。
「これから起こる一連の出来事は、すべてこの男、翔馬のために起こす」
革命だ。
そう拓人は言い、満足げにマイクを投げ捨てた。
ノイズが耳をつんざく。
「革命…?」
「ああ、そうだ。翔馬。この学校をぶっ壊そう。俺達ならできる。」
少しだけ、拓人の瞳に光が宿った。
それは野望とも言える、なんとも形容し難い、怪しい光だった。
「拓人」
「なんだ?」
「一応聞くが、これ、ドッキリとかじゃないよな?結構前、誘ってきたじゃん動画投稿。それならいつまで経っても警察が来ないことの説明がつく」
「この期に及んで何を言っている?俺がふざけてそんなことをする人間じゃないのは、お前が一番良く知っているだろう?」
「だよな」
自分から人質になったのはいいものの、先程から震えが止まらない。拓人に寄りかかってやっと立っていられる。自分から自由を奪っている存在に支えられているというのは、傍から見たら面白い光景だろう。
笑えない冗談だ。
なにが怖いかって、拓人の眼が、なんの感情もたたえていないことだ。
一抹の狂気さえ感じない。
喜びも、怒りも、哀しみも。
すべてが欠如した瞳で、俺を見ていた。
妄動。
こいつ、何かに取り憑かれている。
"何か"かもしれないし、" 誰か"かもしれない。
兎に角、こいつは、拓人であって、拓人でない。
怪我人が出ている。
生徒が不安を感じている。
トラウマになるかもしれない。いや、きっとなる。
ごめん、拓人。俺はもう、お前の友達でいられない。
「―なあ、タクト。この血、なんの血だ?」
「これか?これは校庭で飼っているニワトリの血だ。騒がれると困るからな」
「…ウサギじゃなくてよかったよ。俺の友達がウサギの担当で」
「ああ、ウサギも殺した。鳴くか知らんけど」
「……そうか」
「それより見ろよ、こいつら。」
タクトはナイフで、体育館内の生徒と先生を指す。
「愚かだと思わないか?」
「…何処が」
「必死に無駄な人生を送っているところさ」
「…無駄じゃない」
「無駄さ!俺達に輝かしい未来なんて待っちゃいない!あるのは絶望だけだ!」
「もう…喋るなタクト!」
耐えきれなかった。
変わり果ててしまった親友。
動物を殺してしまった親友。
人を傷つけてしまった親友。
犯罪者になってしまった親友。
タクトは太ったことで以前より動きが緩慢になり、ナイフを奪い取ることは―それでも至難の業だったが―なんとかできた。
「返せ!」
「死んでも離すか!」
俺はナイフを人がいない方向へ投げ捨てる。
「がああああああああ!」
タクトは俺に掴みかかってくる。
俺は、思わず蹴り飛ばしてしまった。
俺が蹴り飛ばしたのは、ほかでもない拓人。
拓人は、悲しそうな目をしていた。
正気に戻った……のか……?
まずい。俺が蹴り飛ばした先は、ステージの先。
落ちる。
俺は必死に手を伸ばす。
拓人は、手を後ろにやった。
そして、俺に言った。
「よかったな。これでお前は、英雄だ」
拓人は頭から、床に落ち、そのまま意識を失った。
すぐに教師が駆けつけ、取り押さえた。
意識がないことを確認するとすぐに、救急車を呼んだ。
一人の先生が、体育館の中に入ってきた。
その後から、たくさんの人数の警察官が、続いて中に入ってきた。
あとから聞いた話には、校内の電話線を始めとする線という線がすべて切断されていたらしく、事件発生の発覚と同時に、警察を呼びに警察署まで駆けていったらしい。
因みに警察署は、けっこう遠い場所にある。
拓人が言ったように、俺は事件の後、"英雄"としてもてはやされた。
そして、俺達は、俺と拓人は、"三年二組の伝説"と称された。
俺としては、ただ居心地が悪いだけだった。
受験が終わった後、拓人のいる少年院に、面会に行った。
頭の怪我も治った今、話を聞きたかった。
「俺さ、あの河内原学園に受かったよ」
「そうか。……翔馬と同じ高校に行く夢、叶わなかったな」
「お前との青春学園コメディは、来世までお預けだな」
「おいおい、"青春"なんて言葉、使っちゃって。いいか?"青春"というのは謂わば大人が作った一種のプロパガンダで―」
「あーーーはいはい、わかったわかった」
「聞いてねぇだろ?!本当だ!いいか?あそこは所謂"自称進学校"で、高校から入ったのはいいものの、クラスには馴染めないわ授業はクソきついわで、辞める人が続出してるんだ!」
「これから入る人間に言うなよ! てかソレドコ情報?」
「河内原辞めてグレて捕まったここのヤツ」
「説得力やべえ…」
「だろ?」
「それでさ、あー、あの、話代わるけどさ」
「うん?」
「あのさ、なんでさ、」
「『さ』が多いよ」
「うん、あの、あのな?」
俺は泣き出してしまった。
「なんで…!なんであんなこと、しちまったんだよぉ!俺達親友だろ?相談してくれれば…!あんなッ…あんなことにはぁ…!うあああああああ!」
「……ありがとうなぁ、翔馬」
透明な板で隔たれた拓人の腕が、すっかり痩せて、あの頃と同じ太さに戻った拓人の腕が、俺の肩に回された気がした。
「そんなお前だから、心配かけたくなかったんだ」
拓人には、嫌なことを思い出させてしまったと、反省している。
拓人は、渋々ながら、途切れ途切れに、過去のことを話してくれた。
部活を辞めて、なんとなく俺とつるむのが減る様になった頃から、いじめが始まったこと。
それはどんどんエスカレートしたこと。
逃げようと思ったが、逃げたら次の標的は俺だと脅され、逃げられなかったこと。
"とある人"に、こうすれば、つまりはテロを起こせば、俺だけは助けられると、「教えてもらった」こと。
いじめの実行犯や、唆したやつの名前は一応聞いたが、教えてくれなかった。
『翔馬が何するかわからないからやだ。今回の事件の犯人は俺。それが全て』だそうだ。
現代の喧嘩には、拳はいらない。
スマホ一台で、事足りる。
それがわかっていての言葉だろう。
後でダメ元で先生に聞いてみよう。
それにしても、拓人が以前の拓人に戻ってくれて、本当によかった。
あいつは俺の半分だ。
二人で一人の、最強コンビなんだ。
怖いものなんて何もない、最強無敵の完全無欠なんだ。
あいつが出所する頃には、俺は高校二年生だ。
青春真っ盛り。
あいつは"青春"は嘘だと言ったが、そうではないことを、俺自身で証明してやるんだ。
青い空の、真実を。
俺は爽やかな春空の下、自宅への道を翔けた。
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