閉塞的な毎日の、自由奔放な一日
「いいじゃん、それ!」
どうやら朝山は俺のアイデアを気に入ってくれたようだ。
貴重な睡眠時間を犠牲にした甲斐があったというものだ。
朝山がこれまで投稿していた動画は、メイク動画が大半で、他は身内のふざけた動画だった。
まあ高校生ならよくあるやつだ。
まさか身の回りで他に『Cartooner』を利用している人間がいるとは思わなかった。
過疎化が進むサイトだが、それでもある程度の利用者数はあり、海外の利用者もいる。
『Cartooner』に詳しすぎて怪しまれたら、後々面倒なことになりそうだ。
ポロッとボロを出しかねない。
どうも朝山の前だと調子が狂う。
いや人と話してこなかったからか。
あっぶねぇ。
この話がラブコメになってしまう可能性を孕んでしまうところだった。
人と関わっているとどうも自分が元来保ってきた軸がぶれてしまう。
他人の目を気にして、自分を、自分の個性、心をないがしろにしてしまう。
あいつ、元気にしてるかな。
別の高校に行ってしまった友人を思い出す。
元気だといいな。
「うっちーさ、時々黄昏れるよね」
「まだ黄昏時には早いぜ」
「その台詞、かっこいいと思ってる?アタシの前以外では、やめなときなね?」
「諭すな、余計傷つく」
「話戻すけど、[垢抜けメイク]って案すごく良いと思う!アタシのスタンスはそのままで、需要拡大って感じで」
朝山が動画で話していたことによると、朝山は、所謂高校デビューをして今の姿、つまりはギャル(本人が言うにはそれとは少し違うらしい)に至ったそうだ。
根暗で友達がいなかった自分を変えたくて、心機一転、高校入学と同時に髪を染め、メイクをし、スカートの丈も短く、等々したらしい。
その行動力があるなら何故中学で行動しなかったのか、などという野暮な質問はあえてしなかった。
代わりに、なぜ『Cartooner』にしたのかを聞いた。
『Analyze』に出演したいのだそうだ。
『Cartooner』で動画投稿していたら、いつか『Analyze』の管理人の目に留まる日が来るかもしれない。
そう暑苦しい眼差しで語る朝山に、俺は適当な生返事しかできることはなかった。
ウン、ソウナンダ、ガンバッテネ。といった感じ。
眼の前にいるっつの、half of 管理人、管理人の片割れ。
朝山の方はこれで当分はやっていけそうだ。
次は俺の方。
ここ一週間、『Analyze』の動画が更新できていない。投稿開始時から守ってきた週一投稿の伝統が、崩れてしまった。
朝山のせいではない。
朝山のせいだけではない。
家庭問題と言うかなりめんどくさい事案がまだ解決出来ていない。
このままだと俺が海外の祖父のところに行かなければいけなくなってしまうかもしれない。
いや、そうすれば『Analyze』海外進出に―
いやいや、ないないない。
縁起でもない。
家に帰りたくないなぁ。
「あのさ」
「―はい?!」
「またなんか考えてたでしょ」
「ああ、うん」
「アタシと話してるときにさ、他のこと考えすぎるの、やめな?結構イライラするっていうか」
えらく直球に不満を伝えられた。
偏見でしかないのだが、ここみたいな偏差値が高い所の人間ほど、自己主張が控えめなものだと思っていたのだが。
性格に難アリか否かの判断を下すには、俺は圧倒的にデータ不足だ。
彼女の周りには常に人がいるくらいだから、その性格で許容されているのだろう。
っと、まずい。朝山がこちらを睨んでいる。
「それは悪かった」
「ん。それでさ、動画の話なんだけどさ」
「?まだなにかあるのか?やることはすべて決まっただろう?」
「話術のご指導の方を…」
「んなことできるわけ無いだろ!俺は喋らないスタンスで―」
やべ。口が滑った―
「おい、うるせえぞ、陰キャが」
朝の陽キャAだ。
…語尾に俺の属性を見下すような言葉を付け足す必要があっただろうか。
俺はムッとして言い返す。
「ゴメンナサイ」
「朝山、今おもしれえとこなんだ、来いよ」
「…ああうん、行く行く」
朝山はAに見えないように腕を下げたまま俺に小さく手を振って、教室の前で俺を面白そうにニヤニヤと見ているグループに混ざっていく。
いつの間にか連中から好奇の視線を向けられていたようだ。
考え込むと周りが見えなくなるの、そろそろ気をつけたほうがいいな。
教室に居づらくなったので帰ることにした。
もっとも、教室に居づらいのは日常茶飯事なので特になんといったことでもないが。
朝山、俺が口を滑らせたの、気づいていないといいな。
…なにか物足りない気がする。
忘れ物だろうか。少し考えてみる。
………?
……………ああ、そうだ。
話術の指導を断ったから、俺はもうお役御免なんだ。
これからもう二度と、あの女、朝山と関わることもないだろう。
これからもう二度と、クラスで俺が誰かと会話することもないだろう。
その事実が、朝山と出会い恐喝されるまでは当たり前に受け入れていた事実が、信じられないんだ。
例えるなら、長期休み明けの登校日だな。
早く、慣れないとな。
家に着き玄関を開くや否や、待ち構えていた両親に謝られた。
父親は仕事を休んだらしい。
ニュアンス的には母親に休ませられたようだ。
そして半日以上に渡る話し合いの末、和解に至ったらしい。
母は強し、とはこのことだな。
父親の目は真っ赤だが、母親はそこまでではない。
なにはともあれ、まだここにいられるようで、俺としては胸をなでおろすばかりだった。
明日はいつも通りの時間に、家を出られそうだ。
これで当面、『Analyze』の活動に専念できる。
日付が変わって、次の日。
事件は起こった。
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