刺激が足りない毎日の、刺激的な一日

 その日は何かを始めるには遅い(朝山はそんなことはないと言い張ったが)時間だったので、日を改めて、つまりは明日話すことに決めて、その日は解散ということにした。

 R18コーナーの前で散々騒いだ後に他のコーナーに行くのはバツが悪かったのでやめておいた。

 R18コーナーの前で言い合う男女は、店内の客には好奇心をそそるものとして写ったらしい。

 朝山の家は俺の反対側ということで、それぞれ別のキロへと着いた。

 ことごとくラブコメになりきれないのが、俺の人生らしい。

 たまたま出会う、というのはラブコメ漫画の常套句だが、たいていそういう場合は家も近かったりするのだ。

 まあ俺は朝山がどちらかと言うと嫌いなので(しっかり弱みを握られ脅されたわけだし)、そんな展開になることはあり得ないが。

 エロ本を読んでただけでは、AVの話で盛り上がるクラスの陽キャ連中の話題として弱いが、本の内容が内容だけにバレたらかなりまずいことになる。


 なんだか今日は『性』に振り回される一日だったな。

 食欲、性欲、睡眠欲から成る三大欲求は、すべてが種の存続に不可欠だが、同時に滅ぼすきっかけにもなるのかもしれない。

 いかん、今日は色々と考えることが多すぎて頭がぼーっとしてきた。

 家に帰ったら寝よう。

 

 家に帰ったら。


 まだあの二人は口論を続けているのだろうか。

本当に面倒くさい。

 ただでさえ『Analyze』の企画に加え朝山の手伝いにも頭を回さないといけないのに、その上両親のことまで。

 脳がいくつあっても足りない。

 タコに生まれたかった。


 「おい、クソガキ」

 「ひゃっ」

 「ハッ、素っ頓狂な声じゃの」

 それは老婆の声だった。

 「…なんで?」

 「何故だと思うか?」

 「脱獄…?」

 「んなわけかるかい。ワシの正当性が認められたんじゃ。それにしても、あれから大変だったんじゃぞ。娘夫婦にどれだけ叱られたことか」

 「あまり娘夫婦を悲しませない方がいいですよ」

 「通報したの、お主じゃろ?」

 「…さあ」

 「ワシにはわかるのさ。仕事柄な」

 「仕事?あれが?」

 「本当に失礼なガキだね。業界は廃れてしまったけれども、ワシの腕前は健在さ。どれ、何かお主のことについて一つ当ててやろう。」

 「へえ」

 「信じてないのをあからさまに顔に出すんじゃないよ。どれ………………………」

 「で、どうなんです」

 「………お主、何か良くないことが起こったじゃろう?」

 「『何か良くないこと』。抽象的な質問ですね。もっと具体的にできませんか?」

 「…断る」

 「そうですか」

 「今回はワシが勝手に占っただけだから、金は取らん。今度は客として来い」

 「そんな日は永劫来ませんよ」

 今日もまた匿名で通報をしようと思ったが、娘夫婦のことを考えてやめておいた。

 俺はなんという素晴らしい人格者なのだろう。


 

 わざとゆっくり歩き、時には回り道をしたりして、遅い時間に家に帰った。

 玄関のドアを開けると、少し間が空いて両親の口論が聞こえてくる。

 また父親からリビングに来るように言われ、従う。

 「翔真、もう一度聞くぞ。お前はどっちについていきたい」

 「どっちなの、翔真?」

 「親父、母さん、もうやめてくれないか」

 「翔真、つらい気持ちはわかるが、これは大事な話なんだ。親権問題というのはなー」

 

 だめだ。もう我慢できない。


 「もうやめろよ、こんなこと!」

 「大声を出すんじゃない!いいか、何度も言うがこれは大事なことで」

 「そうよ、しっかり聞いて頂戴」




 「そのしょうもないドッキリをやめろと言っているんだよ!」




 リビングは静寂に包まれた。

 「ドッキリって…何を言っているんだ。なあ、母さん」

 「え、ええ、そうよ、翔真。いい?私達は本気で話しているのよ。ふざけるのはよして頂戴」

 「親父」

 「なんだ?」

 「母さんの呼び方戻したんだ」

 「それは―」

 「玄関においてあったビデオカメラ、電源つけっぱなしだったから消しておいたよ。知ってると思うけど」

 「ビ、ビデオカメラ?ちょっと、お父さん?いつの間にそんな高いものを買っていたの?私はガマンしているのに、許せない。離婚よ離婚!」

 「お、おう、望むところだ」

 「そしてその様子をテレビ台に人形に混ぜて置かれた小型カメラで撮って全世界に配信する、と」

 「翔馬…」

 「バレバレなんだよ。もうやめなよ、親父。今どきこんなつまらないドッキリバズらないって」

 「仕方がないんだよ…!過激なものにでもしないと、再生数が伸びないんだ…!」

 「やってること炎上商法と変わらないけどそれで良い訳?」

 「伸びないと困るんだ…!」

 「そこまでして独立して動画投稿者の会社を立ち上げたいわけ?それなら他にやるべきことが―」

 「〜ッ、時間がないんだよ!大体、さっきからお前はなんだ!人の動画ボツにしておいて、挙げ句には親に向かって説教か?良い身分だなあ?!」

 「お父さん、もうやめましょう、ね?」

 母さんがおれに視線で二階に行くように伝える。

 俺は黙って頷き、身を翻してリビングを出る。

 「おい待て、翔馬!話は終わってないぞ!」

 「お父さん、いい加減にして!」

 今度こそ本当の口論が始まった。

 ドッキリが現実になる日も、そう遠くないのかもしれない。


 叔父や祖父を見返そうと、親父がなにかしていたのは知っていた。

 ネタのきっかけでも探そうと、日本で最も有名な動画投稿サイトの動画を漁っていたときに見つけた、無理やり作ったふざけた顔の親父がサムネイルの動画。

 タイトルは、「メントスコーラやってみた」。

 再生数、143。

 


 事実のベッドの上で、俺はいたたまれない気持ちになった。

 親父が焦る気持ちもわかる。

 それでも、あそこまでする必要はなったのではないか。

 あのとき、正体をばらさないで良かったと、心から思う。

 言っていたら今頃自分を出すように頼み込まれていただろう。

 これ以上自分の中での父親像を壊したくない。

 無様な存在に成り下がらせたくない。

 

 一回から更にヒートアップした口論が聞こえてくる。

 

 なのに、なんでこんなにもあの男は醜いのだろう。

 俺は何も聞こえないように、布団を頭まで被って寝た。

 

 

  



 

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