すぐに忘れる毎日の、忘れられない一日
朝山麗奈。
昨日俺に、あくまでも友達として関係を気づいてきた机に接吻をさせた女だ。
あれは本当に不愉快な出来事だった。人に痛い思いをさせておきながら謝りもしないなんて。
これだから頭が悪い人間は嫌いなんだ。
この女やその周りの人間は、どうしてこの学校に受かったのだろうか。
中学時代は真面目だった、所謂高校デビュー的な?
少し考えてやめる。他人のことなんかどうでもいい。考えたって疲れるだけだしなにより時間の無駄だ。
この女のことを考える暇があるなら動画のネタを考える時間に当てよう。
「えっと~、聞いてる?」
「あ、はい」
「やっぱ『あ』って最初につけるんだ〜。そういうのアニメだけかと思ってたよ」
「あ、アニメは見ていないのでよくわからないです」
「え?!噓その見た目で?!」
とことん失礼な女だった。
こんなやつと会話しようとした俺が間違っていた。
こいつは一生わかり合えない、対局の存在なのだから。
不快さを押し殺し、視線をエロ本に戻す。
勘違いはしないでいただきたい。
俺は決して女子の前でエロ本を読むという行為に悦びを感じる変態ではないのだ。
授業で強制的にやらされるもの以外の会話で、家族や藤岡以外と話すのがとてつもなく久しぶりであったから、このような奇行に走ってしまったのだ。
だがしかし、このまま気まずそうにエロ本を棚に戻していたほうが、やましさを感じ取られて更に気まずい雰囲気になったのではないだろうか。
むしろ何事もなかったように読むのを(とはいっても、俺はまだ目次しか見られていない)再開した今こそ、そこまで気まずくなく会話を終わらせられる絶好のチャンスと言える。
さあ、早く何処かへ行ってくれ、朝山。
俺はお前と関わりたくないんだ。
「堀内くん、だったよね、名前。君、そんなの読むんだ」
悪戯な、いや悪意を感じるニヤけが、彼女の顔面に広がっていく。
何故だ。お互いに気まずい今の状況で、何故この場を立ち去らない。何故会話を続けようとする。
何のメリットがあるんだ。
「え、いや、あの」
「いいとこ見ちゃったな〜。これはいいぞ」
何がだ。
「このこと皆にバラされたくないよね?」
え?何この娘。怖い。すごく怖い。
少し前まで見下していた相手の予想外の言動に、俺は翻弄される。
「あのさ、手伝ってほしいことがあるんだけど」
「…何ですか」
「あ!今回は『あ』付けなかった!」
早く話せよ。
「実は私最近動画投稿しててさ。『Analyze』に憧れて始めたんだ。あ、知ってる?『Analyze』」
心臓がどきん、とひときわ大きく動いたのが分かった。
『Analyze』がバレたのか?いやそんな訳はない。アカウントも自分が常用するものとは別にしているし、『Analyze』名義でSNSやブログもしていない。『Analyze』と視聴者との接点は、『Cartooner』だけ。
視聴者、とは。
朝山は過去の出演者だった?
いや、仮にそうだったとしても実際に対面したわけではないからバレるはずがない。
朝山と俺の接点は学校の教室だけ。教室で俺は絶対に『cartooner』を開かないようにしている。
過去投稿者であった藤岡と一緒に頭を捻って考えた身バレ対策なのだ。本来バレるはずがない。
謎は深まるばかりだ。
「―ねぇ。ねえ!聞いてる!?」
我に返る。
つい考え込んでしまった。
「どこまで聞いてた?」
「…『Analyze』知ってるか、てところです」
「もー、序盤も序盤じゃん。ちゃんと聞いてよね」
「すみません」
「てか、敬語やめてくれない?堅苦しくて嫌いなんだよね」
「…」
「返事は?」
「は
「『はい』じゃなくて」
「ううん」
「唸ってるの?」
「…」
「…本題に戻ろうか。で、『Analyze』。知ってるの?まあここは別に重要じゃないんだけど」
少し前から感じていた違和感。
もしかしてこれはかまをかけられているわけではないのでは。
「…知ってる。俺もよく見るよ」
「いきなり落ち着くじゃん。やっぱそっちのほうがいいよ」
今の朝山には取り巻きがいないんだ。こいつ一人を緊張するのも馬鹿らしい。
「それで、『Analyze』がどうしたのさ」
「いやね、動画見て憧れちゃったわけよ。それで自分でもやってみようと思ったんだけど、なかなかバズらなくてさ」
ここで、俺は冒険に出ることにした。
「なんで、俺なの」
「なんかネットとかに詳しそうな顔してるじゃん、君」
「ただの偏見じゃねぇか」
「口悪!やっと本性を表したな〜?」
「口が滑っただけだ」
「否定できてないぞ、それ」
「普通の人より詳しいのは否定しないよ。だけどそれと手伝うのは別だ」
「なんで?」
「メリットがないからだよ。むしろ時間を取られることに関して、デメリットしか無いね」
「うわー性格どぎついね、君。友達とかいるの?」
どうしてこの人は、人の心をこんなにも抉る言葉を放てるのだろう。
「…いるには、いる」
「…そっか」
「なんだその顔は」
「いや、なんでも。…メリット、ね。エロ本のこと黙っとくってだけじゃだめかな?」
「話されたところで、俺はそこまで困らない気がする」
「強がんなよ。手、震えてるぞ?」
「ずっと本持ってるからだよ!」
「手かきついなら、なんで置かないのさ」
いかん。現在アカウントの次にバレたくないことがバレてしまう。
俺と朝山は向かい合っている形なので、目次の文字こそは読みづらいと思うが、表示を見られた暁にはこの本の概要が彼女に明らかになってしまう。
それだけは避けねば。
ん?
なんだ?
その表情は?
あっけにとられる俺を尻目にツカツカと歩み寄り、俺からエロ本を取り上げる朝山。
「どーせこんなことだろうと思った」
「えっと、これは」
「最低」
エロ本の内容については、ここには書けないので、各自ご想像いただきたい。
ただ、これだけは言っておきたい。
俺はこの年、この日のこの瞬間まで、真なるエロースの世界へ踏み込まなかった清廉潔白な存在なのだ、と。
そんなこんなで弱みを握られてしまった俺は、期限付きで、彼女の動画投稿の手助けをすることになったのだ。
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