学業最優先

第32話 問題児1と2

 姫野と出かけた日の後、俺たちの関係にこれといった変化はなかった。俺が勝手に意識してしまっているだけで、それほどの意味はなかったのかもしれない。

 そして、中間考査の時期がやってきた。



「勉強は教えてやれないが好きに使ってくれ。学業優先だからな」

 そう言って、汐姉は勉強場所として店のスペースを貸してくれた。考査1週間前はメイドカフェを閉めるらしい。日中のケーキ販売の方がSNSでプチバズりして、売り上げはそれで十分ということだ。


 場所を提供してもらえるのは正直助かる。家は誘惑が多すぎるし、この時期はどこもテスト期間で混んでいる。カフェで勉強なんて、リッチなことはできない。テストの結果は親に送ることになっているから、一人暮らし維持のためにも力を入れざるを得ない。ただ……

 俺は辺りを見回した。


「なんで全員いるんだよ!?」


 同じテーブルには深恋、キラ、皇がノートを広げていた。

「なんでって、店長に誘われたからに決まってるじゃない」

 皇が言った。

「文系科目は苦手なので、分からないところを教えてもらえると助かります」

 そう言って深恋がはにかむ。

「なら、分からないところがあったら何でも聞いて。大体は答えられると思うから」

「皇ってそんなに勉強出来たのか?」

 俺の言葉に、キッと顔を向けた。

「失礼ね。1年の期末試験は学年3位よ」

「まじか……」


 学年が400人近くいて、その中の3位はバケモノだ。俺は何とか100位以内に入っているところなのに。


「キラは試験勉強どう?」

 皇の言葉に、みんなの視線がキラへ集まる。キラは何を言う訳でもなく、そばに置いていたバッグを漁り始めた。そして取り出した紙をテーブルに広げる。


 英語小テスト17点、古典小テスト13点、数学小テスト6点。


「って赤点ばっかじゃねぇか!?」

「はぁ……」

 皇は頭を押さえた。そして俺の方に視線を向ける。

「亮太、勉強は?」

「まあ、ある程度は。どちらかというと理系科目の方が得意だけど」

「分かった。じゃあひとまず私は深恋、亮太はキラの勉強をみることにするわ。それでいいわね?」

 俺は頷いた。




 ペアごとにテーブルを移動して、問題集を広げた。勉強を教えるのは自分のためにもなるし、嫌いではない。

「よろしく、亮太」

 ただ、この目の前に座る明らかな問題児に何から手をつければいいか困っているだけで。


「さっきの数学の小テスト見せてくれ」

 6点という壊滅的な小テストをもう一度確認する。バツだらけで頭が痛くなりそうだ。


「図形の基礎的な考え方は出来ているみたいだな……あとは公式と解き方の型を覚えれば半分は堅いか……」

 試験まで時間もないから、応用的な部分は捨てて必ず出るであろう所だけを押さえておこう。


「赤点回避できそう?」

 キラが首を傾げる。

「まあ努力次第だな」

「そう。頑張って、亮太」

「自分でやるんだからな?」

 はぁ……本当にやる気あるんだろうな。

「じゃあ、この問題の解き方から」



 時計に目を向けると、勉強を始めて1時間が経っていた。

「一旦休憩にしようか」

 俺の言葉にキラはノートをパタンと閉じた。


 キラは思ったよりもちゃんとやる気があった。俺の話は聞いて理解しようとしているし、分からないところがあればそのたびに訊いてくる。じゃあなんで今までの授業ではそれが出来ていなかったのかと言われると、謎でしかない。


 キラに勉強を教えていると、姫野とのやり取りを思い出す。一年の頃も考査のたびに俺が勉強を教えていた。姫野が今年後輩にならなかったのは俺のおかげも少なからずあると思う。今回の考査はまだ俺に泣きついてこないけど、そろそろ時間の問題だろう。


「そう言えば、キラと姫野って知り合いなんだよな。親戚とかなのか?」


 よくよく見ると背格好や顔の雰囲気も似ている。2人の関係は今まで聞いたことがなかった。


「親戚っていうより、運命共同体みたいな感じ」

「なる、ほど……?」

 生き別れた双子、みたいなものか? キラは時々不思議なことを言う。


「キラって本当にうちの高校の生徒なんだよな? 本名もクラスも知らないけど」

「亮太は私に興味があるの?」

 そう言って大人っぽく微笑む。

「そうだけど、そうじゃないっていうか……」

 そういう言い方はズルいと思う。


「ねえ、もし私がテストで1つも赤点取らなかったら、ご褒美くれない?」

「え? お金はあんまりないんだけど……」

「お金はかからないよ。亮太にしか出来ないことを頼みたいの」


 そう言って俺の目を見据える。なんだろう、力仕事とかか?


「分かった。俺に出来ることなら別にいいよ」

「ありがとう。約束したからね」

 そう言って嬉しそうに笑った。

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