第30話 忘れらんないよ

 最後の物販コーナーの会計を終えて、先に買っていた姫野のところへ向かった。


「何買ったの?」

「桃李のアクスタ」

 会場限定とか言われるとつい買ってしまう。その分たくさん働くしかない。


「桃李のアクスタと言えばさ、初めて話した日のこと覚えてる?」

 姫野はそう言って、いたずらっぽく笑う。

「ははっ、忘れらんないよ」

 



 忘れもしない、高校一年の4月。俺は自由な一人暮らしをようやく手に入れた充実感と開放感で少し注意が抜けていた。


 その日は抜き打ちの持ち物検査があった。机の上にバッグの口を広げて置き、不要なものが入っていないか担任がチェックするというものだった。


 真面目というほどでもないが、目を付けられそうなものは持ってきていない。余裕な気持ちでバッグを開けた。


『これはなんだ?』


 そう言って担任が俺のバッグからつまみ出したのは、梱包材に包まれた桃李のアクスタだった。

 一気に鼓動が早くなり、背中を冷汗が流れる。昨日の夜届いたアクスタを間違えて学校用のバッグに入れてきてしまったらしい。


『これは没収だ』

『えっ、あ……』

 

 担任はアクスタを没収物の袋に入れた。そして全員分のチェックが終わると袋を置きに一度職員室へ戻っていった。


 緊張感から解放されてざわざわと話し始めるクラスメイト。そんな中で近くの席の男が俺の肩を叩いて言った。


『お前、ああいうのが好きなの?』


 その言葉には馬鹿にするような笑いが含まれていた。


『ああいうアニメみたいなのって、小学生が見るやつだろ?』

 

 ……学校にアクスタを持ってきたのは俺が悪かったよ。でも、そこまで言われる筋合いはないだろ。

 一瞬で頭に血が上った。


『うるせえな! 黙ってろよ!』


 確かそんなことを言ったんだと思う。


 俺の突然の大声にクラスはしんと静まり返った。

 まだ始まったばかりの高校生活。特に遠くの中学から引っ越してきて知り合いのいなかった俺は、このことをきっかけに「オタクで、すぐキレる」という印象になった。友達になれそうだった奴も、急に俺を腫れ物のように遠ざけた。


『ねえ、さっきのアクスタって桃李だよね』

 そんな中で声をかけてきたのが姫野だった。


 姫野はその頃から既に「カッコいい一年生がいる」と校内で噂になっていた。同じクラスだったけど話すのは初めてで、最初は「こいつも馬鹿にしてくるのか」と思った。


『私はレイチェルが好きなんだけど、ちょっと話さない?』

 その時の話し方を見て、「こいつは本当に好きなんだ」と確信した。



「亮太がキレる前、ソークロのこと馬鹿にされてたの私も聞こえてたんだよね。でも何も言えなくて。だから亮太がキレてくれて私まですっきりしたんだよ」

「あの頃は気が短くて」

「だって『うるせえ! 2度とそんな口きけなくしてやるからな!』だよ? 私も忘れらんないよ」

 そう言って口元を押さえて笑う。


 思っていた以上に口が悪かった。それは誰も声をかけてこなくなるはずだ。当時ハマっていた不良漫画の影響かもしれない。


「お願いだから忘れてくれ。ていうか、よくそんな奴に声かけられたな」

「ソークロ好きに悪い奴はいないでしょ」

「そうかよ」

「あと、亮太の周りは人が避けてたから居心地がよかった」

「ねえ喧嘩売ってる?」


 そこまで言って、ふはっと笑いが漏れた。こんな風に笑いあえる友達を手に入れることが出来たんだから、あの時の出来事も悪いだけじゃなかったんだと思う。


「そういえばさ、あの時のアクスタって受注生産限定のだったよね? それなのに先生が雑に袋に入れるから、『その価値分かってる?』って言いたくなった」

「本当にそう。放課後引き取りに行ったとき、念入りに傷を確認してさ。これで傷一つでもついてたらどう文句言ってやろうかと思ってたよ」

「今度家に行ったらそのアクスタ見せてよ。私も傷がないか確認したい。あ、でも飾っているうちに亮太が傷つけた可能性もあるし……」

「大丈夫。結局大事すぎてまだ飾ってないから」

「ふふっ、じゃあ一年ぶりの開封式しようよ」

「そうだな」


 俺達の関係に不安なんて必要なかったみたいだ。

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