第23話 始まりはそうだった
日直の仕事を終えて店へ向かうと、皇とキラが先に開店準備をしていた。
「あれ、深恋は?」
「学年委員の仕事で遅れるって」
キラが答えた。
「そうか」
放課後も仕事があるなんて、やっぱり面倒な委員会らしい。リボンがほどけた姿を見せずに上手くやれているんだろうか? まあ、深恋のことだから何も無計画ではないんだろう。
ふと、この前の赤くなった深恋の顔が頭に浮かんだ。顔を真っ赤にして、目元を潤ませて……あんなの、ただのバイト仲間の男に見せていい顔じゃない。思い出したらまた熱がうつってきた。
俺は思考を遮るように話題を探した。
「そう言えば、汐姉から宿題を出されたんだってな。2人はもう決めたのか?」
俺の言葉に皇が口を開いた。
「もちろん。私は『運命の赤い糸ケーキ』。赤い糸をイメージした真っ赤なフランボワーズのムースケーキなんだけど、メインはそっちじゃなくて、それを頼むと私が運命の相手かどうかを占う権利が付いてくるのよ」
運命を占う?
「まあ運命の相手はこの世界にたった一人だから、そうそう当たることはないと思うけどね。出会ってすぐには運命の相手かどうか分からないこともあるってお母さんが言っていたから、もし占いでいい結果が出なくても何度でも挑戦してもらうつもり。それで占いの方法なんだけど、最近ネットで見つけて、これがよく当たるってたくさん書いてあったのよ。まず、お互いの髪の毛を一本取って3%の塩水に……」
あ、これはダメそう。
一人で得意気に語っている皇は放っておいて、キラの方に顔を向けた。
「キラは?」
「紅茶に詳しいから、その日のお客様に合った紅茶を選んで淹れるサービスにしようと思ってる」
「へぇ、それは面白そうだな」
「ちょっと! 私の案もいいって言いなさいよ!」
一人語りが終わった皇が詰め寄ってくる。
「アウトだと思う」
倫理的に。
「はぁぁ!? やっぱりムカつく!」
そう言って悔しそうに拳を握りしめた。
「私の案がダメだって言うなら、あんたは他にいい案があるの!?」
「いや、そういうわけじゃないけど……メイドカフェに詳しくもないし」
深恋には一緒に考えるなんて言ったけど、結局役に立てなくて自信が無くなっていた。
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、なんであんたはここで働き始めたの? メイドカフェが好きで働いている訳じゃないんでしょ。お金のためなら他に店はいくらでもあるし、店長と血縁だからっていうほど仲良しにも見えないのよね」
皇が探るように俺を見る。そう言えば、ちゃんと理由を説明していなかった。
「簡単に言えば、突然お金が必要になってどうしようかと思っていたところに、汐姉から誘われたんだ。メイドを一人紹介するごとに一万円くれるって。今からバイト先を探して働くより……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
急に皇が話を遮った。そしてキラの方を向く。
「キラは知ってた?」
「うん、知ってた」
「そう、ならまあいいか……じゃあ、深恋は?」
「……あ」
言ってないな。
「はぁぁ!? じゃあ何? 深恋は知らずに一万円で売られたってこと!?」
その時、扉がガチャリと開いた。そっちを振り向くと、そこには驚いた顔をした深恋が立っていた。
深恋は俺達に背を向けて走り去っていった。
「深恋!」
皇の声が遠くで聞こえるみたいだ。
床がぐにゃりと歪んで見えて、視界が狭まってくる。
さっきの話が聞こえてた、ってことだよな。それで深恋はショックを受けて出て行ってしまった。深恋をお金で売ったなんて、お金だけの関係のつもりは微塵もなかった。それでも俺の気持ちなんて関係なくて、「お金で売った」という無機質な事実が深恋を傷つけた。
「……うた、亮太」
その声に顔を上げると、キラが俺の腕を掴んで揺さぶっていた。その後ろで皇が眉を吊り上げて俺を睨みつけている。
「何してんのよ! さっさと深恋を追いかけなさい!」
「俺は、深恋を売ったなんて、そんなつもりはなくて……」
「それは私達よりも先に伝えるべき相手がいるでしょ」
「あ……ああ!」
2人に背中を押されて、俺は店を飛び出した。
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