君のいいところ(深恋編)

第22話 メイドの宿題

 汐姉の壺を割ってしまったことで、俺はもうしばらくメイドカフェで働くことになった。返済は急がないと言ってはくれているから、生活費を赤字にして再び一人暮らしがあやぶまれる、ということはない。それは助かるんだけど……


 俺は今、危機に瀕していた。


「亮太は黒と水色、どっちがいいと思う?」

 そう言って汐姉が両手に持っているのは2種類のメイド服。


 閉店後の片づけをしていたところに突如訪れた出来事。その服のサイズを見て嫌な予感がした。深恋や皇が着るには大きすぎる気がする。

 そして最近、汐姉がメジャーを持って俺を執拗に追い回していたことを思い出した。


「どっちがいい、というのは」

「私は水色の方が似合うと思うな、には」

「なんで俺のメイド服の話をしてるんだよ!?」


 俺の男としての尊厳が危機に瀕している。


「雑用で働くよりもメイドとしてお客を取ってくれた方が、給料も弾みやすいんだけどな」

 ほんと冗談じゃない。でも汐姉の目も冗談ではない。


「にしても! 俺が女装なんてしたらせっかく店に来たお客が逃げるだろ!」

 嫌だと感情的に叫ぶよりも、「店のためにならない」という体を取った方が聞き入れてもらえる可能性があると思った。

 汐姉は俺の顔を覗き込んだ。

「そうかぁ? 亮太って割と可愛い顔してるし、ウィッグとメイクでそれなりになると思うけどな。減るもんじゃないし、一度着てみたらいいんじゃないか? なぁ?」


 好奇心に満ちた目でこっちへにじり寄ってくる。やばいやばいやばい……

 俺は横を向いた。


「助けてくれ、深恋!」


 深恋はどうしたらいいか分からないといった様子で俺達を見つめていた。

「え、えっと……」

「深恋は興味ないか? 亮太の可愛いメイド姿」

「それは……ちょっと見たい、かもです」


 おいー!?


「で、でも! 嫌がっているのに着せるのはダメです!」

「そうか……深恋がそう言うなら……」

 汐姉は肩を落として俺から離れた。メイド服をテーブルに置いて、スマホを掴む。


「買いだし行ってくるから、帰るときは鍵を頼んだ」

「はいはい」

 汐姉は後ろ姿にも分かるほどがっかりした様子で店を出て行った。



「危なかった……助かったよ。ありがとう」

 積極的に汐姉にも意見が言えそうなキラと皇は今日休みだったからどうしようかと思ったけど、深恋に助けを求めてよかった。今後、暴走した汐姉を止めるときは深恋にお願いしよう。


「お役に立てたのならよかったです。店長さん、最近はお店をもっとよくするために色々と考えてくれているみたいですね」

 俺の女装は本当に店のためなのか? 自分の好奇心を満たすためのように見えたけど。


「私達にも宿題が出たんです。それがちょっと難しくて……」

「宿題?」

「はい。メイド限定メニューを考えるっていうもので、食事のメニューとそれに付いてくるサービスを決めないといけないんです。茉由さんはすぐにいくつも案を出していて本当にすごいなって思ったんですけど、私は上手く思いつかなくて……」

 そう言って深恋は顔を伏せた。

「俺でよければ一緒に考えるよ。参考になるかは分からないけど」

 その言葉にパッと顔を上げた。

「本当ですか!? 是非お願いします」


 いつもの接客の時と合わせて、俺は客席に座った。深恋は左隣に立つ。

「お客さんに喜んでもらえる、自分にしかできないメニューにしてほしいって、店長さんが言っていました」

「食べ物のメニューの方は極論何でもいいから、それよりも先に『どんなサービスをするか』を決めたほうがよさそうだな」

「自分にしか出来ないサービス……かくし芸ってことですか?」

 そう言って首を傾げた。多分違う。


「自分の魅力を生かすってことじゃないか。その方がきっと、深恋のお客も喜んでくれるよ」

「私の魅力……なるほどです……?」

 深恋は考えるように天井を見上げた。本当に大丈夫か……?

 すると突然、俺の方に顔を向けた。


「分かりました!」

 そう言うと深恋は俺の左手を掴んだ。そして俺の人差し指を両手できゅっと握る。

「んっ!?」


 いきなり深恋の柔らかい手が触れて、鼓動が早くなる。それなのに深恋はキラキラした顔で俺を見ていた。


「私、地元の友達には手が赤ちゃんみたいで可愛いねって言われていたんです! それでよく指を握って欲しいって頼まれていて……これって私の魅力、ですよね!?」


 そんな自信満々な顔で言われて、俺はハァっとため息をついた。俺ばかり意識していて馬鹿みたいだ。


「……メイドがお客に触ったらダメなんじゃないの?」

「はぁっ!? 確かにそうでした……」


 しょんぼりとした深恋は急にハッとした顔をした。そして慌てて手を放す。


「す、すみません! 勝手に触ってしまって……!」

 深恋は赤い顔で目を逸らした。そんなに照れられるとこっちもうつる。


「いや、別に……」

「わ、私! 誰にでも触るわけじゃないですからね!? 指を握ってあげたのも女の子だけですから! これは亮太君だけですからね!」

「ああうん、分かったよ……」

 深恋の言葉で更に顔が火照った。


「ああっ! えっと、その、そういうつもりじゃ……えっとぉ……」

 深恋は真っ赤な顔で涙目になってしまった。


 俺は席を立った。

「今日は終わりにしようか。また相談に乗るから」

「は、はいぃ……」


 帰り道はお互いちょっと気まずくて、ぎこちなく話をした。



 

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