第20話 打ち上げ

「それじゃあ、メイドカフェ『プレジィール』の初日成功を祝して、かんぱーい!」

 汐姉の掛け声で俺達はジュースの入ったグラスをチリンとぶつけた。


 初日は大成功と言っていいほどの賑わいだった。


 俺は基本的にキッチンで汐姉の手伝いをしていた。たまにフロアに出て片づけをすることもあったが、フロアを見なくても、キッチンに飛び込むオーダーの量と聞こえてくる楽しそうな声から繁盛していることが分かった。


 初めに来たお客の中にメイドカフェ好きの界隈ではちょっと名の知れた人がいて、その人がSNSで店の紹介をしてくれたらしい。その投稿や俺達のビラ配りの効果もあったのか、夕方の閉店まで店が静かになることはなかった。


 閉店後は汐姉が初日の打ち上げをすると言って、テーブル一杯に料理を出してくれた。俺達の目の前には、オムライスにハンバーグ、オムライス、グラタン、ラーメン、オムライス、etc……って、オムライス多すぎないか?


 汐姉が口を開いた。

「初日をこうして終えられたのはみんなのおかげだ。遠慮せずにどんどん食べてくれ……その代わりと言ってはなんだが、オムライスにお絵かきをして見せてくれないか? 開店準備と営業が忙しくて、3人の接客を見るのをずっと我慢していたんだ。なあ、いいだろう?」

 そう言って3人をうかがう。そのためのオムライスだったのか……俺は思わず頭を抱えたくなった。


 皇は置いてあったケチャップを手に取って立ち上がった。

「仕方ないですね、特別ですよ」

 そして汐姉の側に移動する。


 なんか始めた汐姉は放っておこう。これ以上気にするだけ無駄だ。

 俺は隣の深恋に顔を向けて声を潜めた。


「仕事は嫌じゃないか」

「はい! お客さんはみんな優しくて、お話しするのは楽しいです。最初は緊張しすぎて、キラさんや茉由さんにたくさん助けてもらったんですけどね。えへへ……」

 そう言って恥ずかしそうに髪を指でいじった。


 営業中、深恋とキラが一緒に接客しているところを見かけた。緊張して「お、おきゃえりにゃしゃいませ、ぎょしゅじんしゃま!」と話す深恋を、その斜め後ろに立つキラが「お帰りなさいませご主人様、と言っています」と通訳していた。心配でこっそり様子をうかがっていたけど、お客はそんな状況を楽しんでいる様子だった。それからしばらくして再びフロアに出た時は、ぎこちないながらも一人で接客している深恋の姿を見ることが出来た。


「嫌な思いをしてないならよかったよ」

「それもこれも一緒に働いている亮太君や皆さんが素敵だからです。ずっとこのみんなで働けたら楽しいだろうなって思っちゃいました」

 そう言って無防備な笑顔を見せる。


 俺はずっとこの店で働く訳じゃない。一人暮らしを続けるお金を稼ぐための一時的なバイト先だ。

 ただ、せっかく楽しそうに働いている深恋にそんなことを言えるはずもない。なんて言ったらいいのか正解が分からなくて口を閉じた。


 向かいの会話が不本意ながら耳に入る。


「はーい♡ これからこのオムライスにお絵かきしたいと思うんですけど、お嬢様は何がいいですか? うさぎさんでもくまさんでも可愛く描きますよ♡」

「うさぎさんがいいな」

「うさぎさんですね♡ ふんふふんふふふーん……はい、可愛く描けました♡ 最後にこの可愛いオムライスに美味しくなる魔法をかけちゃいます♡ まゆの愛情いっぱいで美味しくなぁれ、萌え萌えきゅーん♡」

「1万点!」


「すいません」

 深恋は言った。

「亮太君は事情があって働いているみたいなのに、勝手なことを言ってしまいました。今こうして一緒に働けているので、それで充分です」

 そう言って寂しそうに笑う。罪悪感でグッと胸がつかえた。


「深恋に何したの」

 その声に顔を上げると、キラが立っていた。そして深恋の後ろに立って首元に手を回す。

「深恋は茉由と違って繊細なんだから」

「今よくない事言われなかった!?」

 向こうに立っていた皇が反応した。そしてこっちにやってくる。


「私は図太いって言いたいの?」

「茉由の肝が据わっていてたくましいところ、私は好き」

たくましいなんて全然可愛くないんだけど!?」

 言い合うキラと茉由の間で、深恋はあわあわと交互に2人を見つめていた。仲がいいんだよな?


「亮太、ちょっとこっちに来て」

 その時、向かいに座っていた汐姉に声をかけられた。席を立って、3人のいるテーブルから離れたところで汐姉は立ち止まった。



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