第14話 オープニングスタッフ集合

 それほど広くもない店内には俺と汐姉と、「学年の三大美少女」が揃っている。それだけ聞いたら、金を払ってでも俺と代わりたいという奴がいくらでもいるんだろう。深恋とキラはいいとして、もう一人が厄介だ。俺の赤字の残りを払って誰か代わってくれよ。


 皇からは「なんであんたがまだここにいるの?」という圧を感じる。汐姉たちに向ける表情は笑顔だが、その周囲には俺へ向けた黒い感情が濃く漂っている。そんなことしなくたって、皇の分の1万円を汐姉に請求したらさっさと退散するよ。そのくらいの手柄は許されるだろ。


「これでオープニングスタッフが5人揃ったな」

 汐姉はそう言った。


「は?」

「店長兼キッチンの私と、美少女メイドが3人。そして雑用が1人」

「ちょっと待てよ! 俺、ここで働くなんて一言も言ってないんだけど!?」

「亮太、こっち」


 汐姉に指でこっちへ来いと指示されて、仕方なく店の隅へ移動した。


「大きくない店だし、ひとまずメイドはこれで十分だ。でも、亮太は3万じゃ足りないんじゃないか?」

 何も言えない俺を見て、汐姉はニッと笑った。

「なら、ここで働けばいい。店の売り上げに貢献したらその分を給料に上乗せしよう。なに、亮太が頑張れば必要なお金もすぐ稼げるさ」

 そう言って俺の背中をパンと叩いた。そして他の3人に顔を向ける。

「亮太もしばらくこの店で働くことになるが、何か意見はあるか?」


「わ、私は亮太君が近くにいてくれると、すごく心強いです」

「特には」

「私も特にありません♡ よろしくお願いしますね♡」


 うわぁ……皇、目が笑ってねぇ。


「よし。それじゃあ初めてのミーティングを始めよう」

 仕方なく俺はテーブルについた。



「今日はちょっとしたゲームをしよう」

「いや、開店まで時間ないんでしょ!? レジとか接客とか、他にもっとやるべきことあるよね?」


 確か、最初に話を聞いた時は「一週間後に開店」って言ってたから、あと3日くらいしかないのでは?


「そんなことはちょっとやればすぐ覚えられるだろう。それよりも、これから一緒に働く仲間のことを理解できた方が有益だろ?」

 そう言って、汐姉はテーブルにピンク・水色・黄色の小さなメモ用紙を置いた。


「これからこの紙に、仲間の印象や思っていることを書いてもらう。ピンクは深恋、水色はキラ、黄色は茉由に対して書くということにしよう。無記名で構わないから、書き終わったら回収して私が読み上げる。いわゆる『他己分析』ってやつだな」


 深恋が遠慮がちに手を上げた。

「店長さん、亮太君の分はないんですか?」

「ああ、そうだな。何か適当な紙を……」

 そう言って汐姉が近くのテーブルに散らかされた紙を漁って、一枚手に取った。


「これでいいか。六つ折りにして……ん? これ建物の契約書だ」

「そんな重要な書類、雑に置いておくな!」


 汐姉は裏が白い広告紙を見つけ出して、それを6枚にちぎった。そして、それぞれに紙を配る。俺の前にはピンク・水色・黄色の3枚の紙が置かれた。


「書いたら中が見えないように四つ折りにしてくれ」


 無言でペンを走らせる時間が流れた後、全員が顔を上げた。

「それじゃあ、集めるぞ」

 そう言って汐姉の前に集められた紙の中から、ピンクの紙を開いた。


「まずは深恋の分だな。どれどれ……『共犯』『純粋に可愛くて羨ましい』『優しくていい奴』『美少女』か。ふうん、なるほど」

 3番目は俺が書いた分だ。1番目の共犯ってなんだ?


「次はキラの分だ。『美人でクールで憧れ』『美人』『想像上の人物』『美少女』ね」

 キラはまだ会って2日目だし、「美人」としか書くことがなかった。


「茉由の分だ。『これから仲良くなりたい』『まだ分からない』『苦手』『美少女』。うんうん、なかなかいろんな意見が出て面白いね」

「このゲームを提案した本人の答えが全部『美少女』なんだが!?」


 俺の言葉に、汐姉はふっと鼻で笑った。


「分かってないな、亮太は。美少女というのは単につらがいいことを指しているんじゃなくて、言動から感じられる芯の強さとか、自分の理想を追い求めるために努力を惜しまないところとか、そういう内から溢れ出ることも含めて言っているんだよ。ただ、仲間になるからには一枚被っている仮面を取っ払って話してくれたら、私も嬉しいんだけどね」


 そう言って、汐姉はちらっと皇に視線を向けた。はっきりとは言わないが、個人に向けたメッセージでもあったらしい。皇は決まりが悪そうに目を逸らした。


「さて、おまけの亮太の分は……」

 汐姉が白い紙を一枚とって開く。内容を確認する間があった後、紙を閉じた。


「やっぱり、亮太の分はいいや。あげるから、勝手にこの後読んで処分するなりしてくれ」

「俺の扱いひどくない!?」

「今日はこれで解散だ。明日からの3連休は2日間トレーニングをして、最終日がオープンだ。気合を入れてこれから頑張っていこう!」

「え、もしかして俺も……?」

 汐姉が呆れたように俺を見る。

「当たり前だろ。みんな、明日からに備えて今日は早く休んでくれ。亮太はここで片づけな」

「……はぁ」


 いままでだって顔を合わせるたび振り回されてきたのに、これから毎日のようにこき使われるようになるんだ。早速気が重い。

 深恋たちは荷物を持って席を立つ。


「ああ、深恋。悪いんだけど書類の確認があるからちょっと奥の部屋へ来てくれないか」

「分かりました」


 こうしてキラと皇は帰宅し、汐姉と深恋は店の奥に入って、俺一人になった。視線を落とすと、テーブルに置かれた四つ折りの白い紙が目に入る。俺は紙を開いた。


 『可愛がってる従弟』、これで可愛がってるつもりなのかよ。『ほんとムカつく』、これは皇か? 勘違いしてきたのはそっちだろ。『鈍感』、深恋はたぶん……いや、きっとこんなことは書かないだろうから消去法でキラか。ほとんど話してないはずなのに、どうしてそうなった。


 そして最後の一枚を開く。残ってるのは深恋の書いた分か。『大……

「亮太君!」

 急に呼ばれて顔を上げると、そこには深恋が立っていた。

「店長さんが亮太君も帰っていいって言っていました。その紙、私が捨てておきますね」


 そう言って机の上から紙を回収し、俺の手からも少し強引に紙を取った。まるで、見られたくなかったみたいな。


「よかったら、一緒に帰りませんか?」



 メイドカフェオープンまで、あと3日。

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