第13話 美少女と2人きり♡

 なぜか皇は俺に話があると言う。しかも2人きりで。


 俺と皇は店を出た。パタンと扉が閉まる。

 嫌な予感しかしない……一体何がしたいんだ。


「ごめんなさい!」

 いきなり皇は頭を下げた。


「え?」

 彼女は恐る恐ると言った様子で顔を上げた。

「あなたと一ノ瀬さんの動画、投稿したのは私なの」

「……は」

 こいつがあの騒動の犯人? こいつのせいであんな面倒な目に遭ったのか。


「どういうつもりだよ。面白がって動画ばら撒いて」

「別に面白がってるんじゃないの! そうじゃなくて……」

 そう言って目を逸らす。

「そうじゃないなら何なんだよ。俺が恨みでも買ったのか?」

「……羨ましくて」

「は?」


 ウラヤマシクテ……何が?


「あの日、偶然2人が放課後の教室で話しているところを見かけて、こっそり扉の陰から覗いてたの……まるで恋愛映画のワンシーンみたいで、思わずカメラを回してた。それで、君が、その……プロポーズなんてするから」


 そう言って皇は顔を赤らめた。

 プロポーズ?


「そんな場面、初めて見たからすっごくドキドキして……! 家でもその動画を見返してたの。そうしたら、操作を間違えてSNSにアップしちゃったみたいで、気づいて投稿を消したときにはもう遅くて……本当にごめんなさい」


 皇はまた頭を下げた。


 ん? つまりは、

「俺達の動画は自分用のつもりが、それを間違えてSNSに投稿したって話?」


「動画を投稿したことについては、悪いと思っているし何でもするわ。一ノ瀬さんに謝る前に、プロポーズをした張本人の君にまず謝りたかったの。でも、動画を撮ったことは仕方なかったの! ずっとずっとずぅーっと、運命の相手と出会って結ばれることを夢に見ていて、好きになってもらえるようにたくさん頑張ってきたから!」


 一気にまくしたてると、皇は胸の前でキュッと両手を握った。


「あの動画には私の夢が詰まってるの。運命の相手といろんな危機を乗り越えて、結婚というゴールを迎える。返事は聞いていないけど、あの一ノ瀬さんの様子なら返事は『YES』だったに違いないわ。最高に甘くて、キラキラしてて、私の宝物になったの……」


 大事そうに言葉を紡ぐその声。この話が嘘だとはとても思えなかった。


「皇、いくつか言いたいことがある。まず、俺に対して語尾に♡をつけて話すのをやめてくれ」

「ああ、そうだよね! 運命の相手がいるのに私がアピールするのはおかしいから。ごめんなさい、つい癖で」


 俺は一度深呼吸して、次に備えた。これを言ったら面倒なことになりそうだけど、誤解したままにしておく訳にもいかない。


「それから、俺は深恋にプロポーズをしたわけじゃない。この店で働かないかと言ったんだ」

「え……」

 茫然とした表情の後、キッと目を吊り上げた。

「……私の宝物を返せバカァ!!!」

「勝手に勘違いしたのはそっちだろ!?」

「うるさい! プロポーズでもないのにあんなしっとりした空気ださないでよね!」

「しっ……そんな空気出してないわ!」


 はぁっと深いため息が出る。いつものあざとい皇よりもこっちの方が本音みたいでマシだけど、本性も本性でヤバいやつだ。


「動画の件はわざとじゃないって分かったから忘れてやるよ。だからもう帰れ」

 このままだと汐姉にメイドにされてしまう。これ以上の関係はお断りだ。


「いやだ」

「はぁ?」

「ここってメイドカフェなんでしょ? ここで働けばたくさんの出会いがあって、いつか運命の相手とも出会えるかもしれないし。そんなチャンス、逃すわけないじゃない」

「いや、でも……」

「大丈夫よ、『地雷』になんてならないわ。ここでは上手くやるわよ」

 聞こえていたのか、ってそうじゃなくて

「俺はこれ以上関わりたく……」

 俺の言葉を無視して、皇は入り口の扉を開けた。


「お待たせしました! メイドとして働かせてください♡」

「おお! 茉由、これからよろしくな」

「はい! よろしくお願いします♡」

 

 皇は俺の方を振り返って、べぇっと舌を出した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る