第15話 帰り道は昔話でも

 オレンジ色に染まった街を並んで歩く。結局、深恋が俺に何を書いたのか分からずじまいだった。大胆、大雑把おおざっぱ大食漢たいしょくかん……いろんな可能性が浮かんでは消えていく。


「亮太君は高校受験の日のことって覚えていますか?」

 深恋は突然そう言った。

「え? いや、全然覚えてないな」


 この高校に合格することが一人暮らしを始める前提条件だったから、必死になって勉強したことはよく覚えている。本番当日は緊張して意識が飛んでいたのか、家に帰ってそれまで我慢していたゲームをやりまくった所からしか記憶がない。


「そう、ですよね……私、地元はこっちじゃなくて、高校入学と一緒に家族で引っ越してきたんです」


 へぇ、深恋も俺と同じで高校から引っ越してきたんだ。


「高校受験の日の朝、試験会場へ向かっていたら駅前で宗教に勧誘されて。早く会場へ行かないといけないのに、お話を途中で遮って立ち去ることなんて出来ませんでした。知らない街にひとりぼっちで誰にも助けてもらえないと思っていた時、救世主が現れたんです」


 素の深恋が知らない人の話を断れなくて、あわあわと困っている様子は簡単に想像できた。昔、似たような状況に出会ったことがある気さえするくらいに。


「制服姿のその人は私の手を取って、強引にその場から連れ出してくれました。こんな見ず知らずの私を助けてくれて、涙が出そうなくらい嬉しかったんです。でもその時はちゃんとお礼も言えなかったから、同じ高校の同級生になったって分かった時、『仲良くなりたい』って思いました。その願いは偶然にも叶えることが出来ました」


 そう話す深恋の横顔はキラキラしていて、よほどその人のことが好きなんだと思った。高校の同級生ってことは、渚と理穂のうちのどちらかだったりするんだろうか。

 深恋は俺の方を向いた。


「その人は私の『大切な人』です。そのことを伝えたいんですけど、きっと今そんなことを言っても困らせちゃうだけだから、この想いはやっぱりまだ取っておくことにします。私がもっと素敵な人になれたら、その時は私の気持ちを聞いてもらおうと思います」

「そうか……深恋の話を聞いたらその人もきっと喜ぶと思うよ」


 渚の方はともかく、理穂の方はそんなことを言われたら小躍りして喜ぶだろう。もしそれが別の誰かで、そのことが理穂に知られたらちょっとヤバそうだけど。


「はい! そうだったら嬉しいです」

 そう言って子供っぽく笑った。



 そして3連休初日。5人でのオープン準備が始まった。

 深恋とキラはメイド服に着替えて接客の練習をしている。キラはメイドが好きというだけあって、身のこなしや言葉遣いは慣れているみたいだった。だからキラが先生役になって、深恋に指導している状況だ。

 深恋に手本として見せていたキラの微笑みはかなりの破壊力で、チラ見しただけで頭が沸騰しそうになった。


 皇は汐姉と真剣な様子で何か話している。そして俺はというと、店内の壁を白く塗り直していた。ダークウッドの壁と床が店内を落ち着いた雰囲気にしているから、メイドカフェには似合わない。まだ5分の1程度しか進んでないけど、それだけでも明るくなった感じがした。


「亮太、ちょっと来てくれ」

 汐姉にそう呼ばれて、俺は2人のところへ向かった。


 2人の真剣に思い悩む表情。皇も接客は早々にOKが出ていたから、カフェの運営なんかの相談に乗っているんだろうか。


「俺に出来ることなら話は聞くけど」

「ああ、助かる。実は茉由のメイド服をどうするか考えていたんだ」

「とにかく可愛いのがいいの! でも他の2人と同じような感じだと霞んじゃうし。パッと目を引き付けられるような感じがいいの!」

「……は」


 汐姉がパチンと手を叩いた。

「そうだ! LEDライトをつけるのはどうだ? 発色パターンは16色で周期的に色が変わるんだ!」

「いいですね! ディスプレイも付けて、私のイメージムービーを流しましょう!」


 夜景にでもなるつもりか。


 はぁ……この従姉が変わってるのは昔からだけど、変なところで皇まで波長が合っていて、頭が痛くなった。


「そんなことまでする必要ないだろ。例えば……パステルカラーのメイド服にでもしたら他の2人より目を引くんじゃないか?」


 2人は俺の顔を見て固まった。なんかおかしい事言ったか?

 そう思ったのもつかの間、2人はグイっと俺に近づいた。


「パステル、いいな! イメージが膨らむぞ!」

「たまにはいい事言うじゃないの!」


 俺の提案はお気に召したらしい。ならよかったよ。


「それじゃあ私はパステルのメイド服を仕上げてくるから、完成するまで茉由は亮太の手伝いを頼む」

 皇が俺と2人で作業なんて、絶対文句言うだろ。

「行くわよ」

 そう言って皇は歩き出した。

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