Dessert
デザートが運ばれてくるまでの間、俺も晃太も何も喋らなかった。晃太はシオンの花が飾られた窓の方を眺めていた。俺はぐるぐるとしてまとまらない考えと感情に襲われていた。帰れるかもしれないという期待。帰れば晃太とはもう会えないという寂しさ。これは本当に現実なのかという疑い。晃太の苦しみを露ほども知らなかった悔しさ。頭の中だけではなくて、視界までぐるぐるしてきた気がする。水を飲みたいが、晃太は「何も食べずにここを出れば」と言った。それならば水も飲まないほうがいいだろうか。
「お待たせいたしました。デザートでございます。」
ウェイターの手には羊羹の乗った皿がふたつ。ひとつは晃太の前に、もうひとつは俺の目の前に置かれた。
「ごゆっくりどうぞ。」
「……俺にも、なのか?デザート。」
「……」
俺は動揺して晃太に問いかけた。しかし晃太にも状況が掴めないようで返答はなかった。
俺は、目の前の羊羹を見つめ、もう一度問いかけた。
「俺にも運ばれてきたってことは、俺、死んだってことだよな。もう手遅れってことだよな。晃太。」
「…でも、それならコースが一から来るはずだ。デザートから来るなんて変だよ。だからきっと、これは俺のコースなんだと思う。遥太はまだ大丈夫だよ。」
晃太は俺にも、そして自分自身にも言い聞かせるように答えた。しかし俺は本当にこの羊羹が晃太のコース料理の一部なのか、疑っていた。
「じゃあ何で羊羹なんだよ。お前羊羹苦手だったろ。」
苦手なものを最後の晩餐になんて、普通食べたいとは思わない。俺はというと昔からおばあちゃん子で、餡子のお菓子、特におばあちゃんが出してくれる羊羹が大好きだった。だから、羊羹が出されるなら俺のはずなのだ。
「お前が好きなのフルーツタルトだろ。だったらそれが出てくるんじゃないのか?」
「俺もそのつもりだったよ。母さんの作るフルーツタルト、遥太も食べたことあるよね。最期の晩餐のデザートはあの味だって、そのつもりだったんだけど……」
「……だけど?」
晃太はその先を言いたくはなさそうだったが、俺は聞かなくてはならない気がした。
「だけど俺、遥太がここに来たの喜んじゃった。1人じゃない、遥太も一緒だ、って。本当は友達が死んだなんて、悲しまなきゃいけないのに……。多分この羊羹はそのせいだ。俺の中に嫌な奴がいるんだよ。遥太が帰れなくなればいいのにって思ってる嫌な奴が。最低だよな。ごめんな。でも俺は、生きてて欲しいとも、ちゃんと思ってるんだ。だから遥太、それは食べなくていいから。」
晃太は目に涙を浮かべながら、縋るように言った。晃太の気持ちは、痛いほど理解できた。俺も同じだったからだ。
「……俺の中にもさ、嫌な奴がいるんだ。このまま何も口にせずに、自分だけでも生きて帰りたいっていう、嫌な奴が。でも同じくらい晃太を独りぼっちにはしたくないんだ。俺、さっき話聞いた時悔しかったんだ。晃太が会社のことでそんなに苦しんでたって知らなかったから。生きてる時に1人で苦しんでたのに死ぬのも独りぼっちにさせるなんて嫌なんだ。…だけど、それでも生きたいって思っちゃうんだよ。」
途中から、声は震え、視界は滲んでいた。
「分かるよ。それでいいよ。俺は遥太に生きて欲しいし、遥太は生きたいと思ってる。だから、それが1番いいんだよ。」
晃太はそう言うと、俺の前にあった羊羹を自分の方に引き寄せた。
「これ、残すのも勿体無いし俺が食べるよ。」
俺は、晃太が少しずつ羊羹を口に運ぶのを見つめるしかできなかった。晃太は最後の羊羹のかけらを口に運ぶと
「遥太と一緒だったから楽しい最期の晩餐ができたよ。おかげでこの羊羹もちょっと美味しかった気がする。」
と笑った。
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