Viande

「……なんで?」

 俺は問いかけた。時間が巻き戻せないことは知っている。だから学生の頃に戻れないことも分かっている。当たり前のことだ。それなのに晃太は「無理だ」と言った。おれが聞きたかったのは、なぜ無理なのかではなく、なぜ本気でそんなことを言うのか。晃太もそれが分かったようだった。

 ウェイターが次の料理として、歪な形の少し焦げたハンバーグを持ってきた。晃太はそれに視線を落とすと、小さく息を吐いて話し始めた。


「俺さ、死んだんだ。」

「は?」

「自殺したんだ。会社があまりにもしんどくて。ノルマはきついし残業多くて家にも帰れないし。絵だって就職してから全然描けなくなって。会社辞めようと思って退職届も出したんだけど、目の前でゴミ箱に捨てられた。何のために生きてるんだっけとか考え出したら眠れもできないし。苦しくて、逃げたくて、全部投げ出しちゃったんだ。」

 それは冗談でも話すかのような軽い口調だった。

「このレストラン、最後の晩餐が食べられるって言っただろ。んじゃなくてんだ。ここは、死んだ後に思い出の味を食べさせてくれる場所なんだよ。まぁ、走馬灯のご飯版って感じかな。」

 そこまで話すと、晃太はただ黙って俺が口を開くのを待ってくれた。俺は晃太の話を何度も頭の中で反芻した。何を言っているのかは理解できた。そんなに難しい話ではない。しかし受け入れることができなかった。もし晃太の話が本当なのだとすれば。

「それを信じるとしたらだぞ。俺も死んだってことになるよな?」

 晃太は肯定も否定もしなかった。その代わりに、

「ここに来る前何してたか覚えてる?」

 とだけ聞いてきた。

「いや、特に何も…。気が付いたらこの店にいて、ウェイターに案内されてって感じだけど……。」

「そっか。俺は覚えてる。自分の部屋で睡眠薬を大量に飲んだんだ。もしかしたら遥太がなにも覚えてないのは、事故とかだからじゃないかな。」

「事故?」

「うん。自分の意思で死んだんじゃないし、突然だったから状況を理解する前にここに来た、とかさ。」

 確かに、それなら俺が何も覚えてないことへの説明はつくかもしれないが。俺が気になっているのはそこではない。

「どうやってここに来たかはいいんだけど、結局俺も死んだってことだよな。」

 すると晃太は少し考える素振りを見せてこう言った。

「これは本当に可能性の話だし俺の推測でしかないけどさ、遥太はまだ死んでないんじゃないかって思ってる。」


「でもここ、死んだ人間のためのレストランなんだろ。もし俺が生きてるなら何でここにいるんだ?」

「遥太がコースを注文した時、ウェイターさんが“まだ準備ができてない”って言ったの覚えてる?あれ、準備ができてないってことじゃないかって思って。」

「俺の準備?」

「そう。すごく死に近いところにいるけど、まだ死んでない。瀕死とか、今夜が峠みたいな状態。だから最後の晩餐もまだ準備できない、みたいな。まぁ可能性だし、希望的観測に過ぎないけど…。」

「お前は?一緒に帰るとかできないのかよ。」

「俺にはもう料理が出てるし、食べちゃったからなぁ…。だめだろうね。だけど、遥太は多分まだ帰れるよ。何も食べてない。そのままレストランを出たら、確証はないけどきっと…。」

 テーブルの上には手付かずのハンバーグがひとつ。晃太は思い出したようにそれを食べ始めた。俺にも見覚えがあるそのハンバーグは、大学に入ってお互いに一人暮らしを始めた時、晃太の家に遊びに行って2人で作ったものだ。初めての料理なうえ、分量もきちんと計らず作ったから微妙な出来になってしまった。

「懐かしいよね、これ。微妙な味もそのまんまだ。楽しかったよなぁ。」

 晃太は笑いながらそれをペロリとたいらげてしまった。

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