Sorbet
「あの人、俺が何食べたいか聞いてないけど大丈夫か?」
「そうだね…。支度が済んでないって言ってたよね、あの人。」
「言ってたな。料理も聞いてないのに何の支度があるんだろうな。」
うん、と呟くと晃太はまた考え込んでしまった。こうなった晃太にはなかなか声が届かない。中学からの経験で知っている。何か面白いものでも無いかと周りを見回すと、窓際に置かれた花瓶が目についた。正確には、そこに生けられた花に。薄い紫の小ぶりな花をたくさん咲かせるそれを、俺は見たことがあった。ただ、なんて名前だったかが思い出せない。うーん。
考え込む男が2人になった。側から見れば深刻そうに見えるかもしれないな。実際は全くそんなことないが。あの花は確か晃太が教えてくれたものだ。よく知ってるな、と感心したのを覚えている。和っぽい名前だった気がするんだよな。カーネーションとか薔薇とかじゃなくて、人の名前にありそうな感じ。晃太は花の色が好きなんだと言っていた。名前も確か色に関係していたと思う。薄い紫で人の名前っぽいもの…。3文字くらいだったよな…。
「あのさ、コースの」
「あっ!シオンだ、そうそう!スッキリしたー。」
「え?」
「あの窓際の花、お前が教えてくれたやつだろ。ほら、中学ん時お前の部活に遊びに行って。」
「そうだったっけ。」
「そうだよ。あの時、お前絵上手いなっていうのと、よくそんな花知ってんなっていうのとで二重に感心したんだよ。」
「遥太、全然部員じゃないのに入り浸ってたよね。」
「なんか折角来てるんだからってモデルやらされたことあったな。」
「あったあった。目で助けを訴えかけてくるから俺、描きながら笑いそうだったもん。」
晃太が入っていた美術部は週3日、月火水が活動日だった。中学1年生の6月半ば頃、俺は晃太と仲良くなって初めて美術部に遊びに行った。その時に晃太が描いていたのがシオンの花だ。それ以来絵が完成するまでの過程を見るのが面白くて、部員でもないのに活動日には顔を出すようになった。他の部員とも仲良くなって、顧問の先生にも「そんなに来るなら入部すればいいじゃない。」と言われたこともあった。しかし俺は見るのが楽しかったのであって、描くのは上手じゃなかったから断った。実際、試しにと簡単な絵を描いて見せたら以降入部を勧められることはなかった。
「俺冗談抜きにお前の絵を見た時、初めて『上手い絵』ってのを見たんだよ。」
「やめてよ、もっと上手い人だっているよ。有名な画家だっているし。」
「いや、上手な絵とか、なんていうの、写実的?な絵は分かるんだけど。上手いなって思うのはお前の絵なんだよ。」
「すごくフワフワしてるけど、言いたいことは分かるかも。ありがとう。」
「失礼致します。続いてのお料理でございます。」
運ばれてきたのは、棒状で真ん中からポキッと折れるタイプのアイス。人によって呼び方が変わるらしい。ちなみに俺は『ポッキンアイス』と呼んでいる。というか、もはや料理じゃないなこれ。
「お前、せめて料理を頼めよ。これ商品だろ。」
「駄目元だったんだけど…。でもこれ懐かしくない?夏休みに部活で食べたよね。」
そう。俺は夏休みにも美術部に顔を出した。美術部に行くために学校に行った。顧問は呆れた顔をしていた。当時は楽しくて仕方なかったが、今考えると我ながらおかしな奴だなと思う。
ある日、顧問がみんなにとアイスを買ってきてくれた。それがポッキンアイスだった。教室の窓は全開だったがそれでも暑く、扇風機の回る音と絵の具の匂いの中で黙々と作業していた皆からは歓声が上がった。皆それぞれにアイスを分け合って食べた。もちろん俺は晃太と。懐かしい。あれは紛うことなく青春だったと言えるだろう。
「あったなぁ。あの時すげぇ楽しかったよな。学校でアイス食うってちょっと悪いことしてる感じもあって。」
「先生も一緒に食べてたよね。一番青春した瞬間な気がするよ。」
思い出話は止まらない。あんなこともあった、こんなこともあった、と話すうちにポッキンアイスが無くなっていることに気付く。
「え、お前アイスは?」
「もう食べ終わっちゃった。」
「は、1人で食べたの⁉︎分けてくれたっていいじゃん…。」
「えへへ、ごめん。」
「えへへて…。食っちゃったなら仕方ないけどさ。あー俺もアイス食いたいなぁ。ていうかあの頃に戻りたいよ。なぁ?」
「それは…もう無理だよ。」
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