Poisson

「明日死ぬとしたら、最後に何を食べたいですかってやつあるでしょ。あれ。」

「それで、お前が食いたいのが豚汁?」

「給食で出てくるメニューの中で一番好きだったんだよね。」

 確かに晃太は、給食で豚汁が出れば必ずと言っていいほどおかわりをしていたような気がする。最後の時に食べたいと思うほど好きだとは考えてもみなかったが。

「おまけに一品だけじゃないんだ。コース料理で出してくれるんだよ。食べたいものひとつだけって言われると悩むけど、コースなら何個でも選べるからいいよね。」

「コースって…折角ならもうちょっと高そうなものでも頼めばいいのに。」

 すでにスープは完食したようだ。ちゃんと味わったのか、こいつ。

「あれさ、安直に寿司とか答える人いるけど本当にそう思うのか問いただしたくなるんだよね。結局最後って思い出の味とか親しんだ味を食べたくなると思わない?」

「まあ言いたいことは分からんでもない。でもさぁ、最後だし贅沢したりさ、今まで食ったことないようなものも食ってみたくないか?」


 くだらない議論をしていると再びウェイターがやってきた。

「失礼致します。続いて魚料理をお持ちいたしました。」

 そう言って差し出された皿には寿司が乗っていた。ありがとうございます、と晃太が受け取る。おいおい、待て待て。

「お前、最後の晩餐に寿司は反対してたんじゃないのかよ。」

「俺は寿司に思い出があるからいいんだよ。祝い事があると家族で寿司を食べに行くのが定番でね。俺が就職した時も食べに行ったんだ。」

「理由浅いなぁ。会社どこだっけ。IT系?」

「保険の営業。まぁもう関係ないけど。」

「え、辞めたのか。」

「辞表は出した。」

 そう言いながら寿司を口に運ぶ晃太の顔は暗い。あまり仕事の話はしない方がいいだろうか。別の話にしよう。

「お前見てたら俺も腹減ってきちゃったよ。何か頼も。お代はいらないって言われたけどさ、奢ってくれよ。お返しっちゃなんだけど今度俺の奢りで飯食おう。」

「ウェイターさんが言ったんだし本当に気にしなくてもいいと思うけどね。」

 早速ウェイターを呼び、頼めるものがあるかを聞く。

「俺も何か食べたいんですけど、メニューって何があるんですか。」

「当店では、こちらのコース料理のみを提供させて頂いております。」

 ウェイターはそう言って晃太の前の寿司を示す。


「最後の晩餐が体験できるってやつですよね。聞きました。それって今注文しても料理できるんですか。」

 客の食べたいものに応じてメニューが変わるのであれば、完全予約でないと提供は難しいはずだ。俺みたいな飛び入りの客には対応できないのではないだろうか。

「そうですね、まだ支度が済んでいないようでして。すぐにとはいきませんが、少しお時間をいただければ。支度が出来次第ご提供させていただきますので。」

「え、飛び入りでも大丈夫ってことですか。じゃあ、このコースでお願いしても、」

 と頼みかけて、それでは晃太を待たせてしまうことに気づく。奢ってもらう上に待たせるのは流石に悪い。が、最後の晩餐への好奇心には勝てない。

「晃太、時間って余裕あるか。もし大丈夫なら俺も食いたいんだけど…」

 その問いかけに返答はない。晃太は何かを思案しているようだ。再び声を掛けるのも躊躇われるほど真剣に見えたが、俺の視線に気付いたのか我に返ったようだった。

「あ、あぁごめん。なんか言った?」

「お前がこの後も予定無いなら俺もそのコース食ってみたいんだけど、どんな感じ?」

「予定?何もないよ、大丈夫。」

「じゃあ、俺もそのコースお願いします。」

「かしこまりました。」

 ウェイターはそう言うと店の奥に消えてしまった。俺が食べたいものを聞くためにメモでも取りに行ったのかとも思ったが、そのまま帰っては来なかった。

 


 

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