Soup

 あれは中学に入学してすぐの事だ。出席番号順で自己紹介をしよう、という時間があった。俺の前に発表したのが晃太だった。『名前が似てるな。』とは思ったがわざわざ声を掛けるほどの興味は湧かなかった。今まで仲の良かった友達とはタイプが違ったのだ。俺やそれまでの友達は、休み時間になると真っ先に校庭に走り出て、ワイワイどころかギャーギャーと遊びまわるタイプだった。授業中も先生の話を聞かず何度注意されたことか。対して晃太は落ち着きがあり、自己紹介の時も無駄なくハキハキと喋っていて典型的な『優等生』に見えた。自己紹介が終わり休み時間に入った時、前の席の晃太が振り返り声を掛けてこなければ、親友と呼ぶような仲にはならなかったかもしれない。


「まさかお前とは思わなかったよ。久しぶりだなぁ。2年ぶりくらいだったっけ?」

「そうだね…そんなに会ってなかったか。本当、久しぶり。」

 困惑した表情の晃太が答える。なんだか少し焦っているような気もする。そういえば晃太は誰かと待ち合わせをしているんだったか。もうすぐ相手が来る時間なのかもしれない。誰と待ち合わせているのだろう。俺の知った人間だろうか。

「あのさ、お前待ち合わせしてるって店員が言ってたけど相手の名前とかちゃんと伝えたか?俺たまたま入っただけで案内されたんだけど。」

「え?待ち合わせって何。俺ひとりだよ。」

 そんな馬鹿な。あのウェイター、そこから間違っていたのか。他の客と間違うならまだしも、今いるのは晃太だけだ。新人でもしないようなミスではないか。後で言っておいた方がいいな、と思った時だった。

「お待たせ致しました。スープでございます。」

 まさにそいつが料理を運んできたのだ。ちょうどいい。

「あの、すみません。」

「はい、如何致しました。」

「こいつ、待ち合わせなんてしてないって言うんですけど。たまたま俺達が知り合いだったから良いんですけど、今度から気をつけてくださいよ。」

 俺がそう言うとウェイターはふむ、と小さく頷いて

「左様でございましたか。申し訳ありません、わたくしの勘違いだったようで。しかし折角いらっしゃったのでしたらご一緒されては如何でしょうか。」

 と提案した。本音を言えば是非ともそうしたかったが、いかんせん今は財布を持ち合わせていない。晃太とはまたの機会に、と考えた俺の表情を読み取ったのか、ウェイターはこう続けた。

「お代の心配には及びません。こちらの不手際でご迷惑をおかけ致しましたから。何卒、心置きなくごゆるりと過ごされてください。」

 そう言うわけには、と断ろうとしたのだがウェイターに譲る気配はなく、結局ここへ案内されたときのように押し切られてしまった。


「ひとりでゆっくり食ってたのにごめんな。あの人、なんか押しが強いよなぁ。」

「いいよ、全然。久しぶりに話せて嬉しいし。ご飯って誰かと食べるほうが美味しいらしいしね。」

 そうは言いながらも、どこかやはり落ち着かない様子である。こんなハプニング、なかなか無いもんな。そりゃ落ち着かないか。

「そういえばスープってなんのスープなんだ?」

 両手で持てるように持ち手のついた白いスープカップには、見慣れた感じの液体が注がれていた。

「あぁ、これ、豚汁。」

「豚汁?ここってちょっとお高めなイタリア料理だかフランス料理だかの店じゃ無いのかよ。そんなファミレスみたいな感じなのか?」

 晃太は困惑する俺を見て少し笑った。

「全部違う。このレストランは、自分が最後に食べたいものを食べることができる場所なんだ。」

 そう言いながら晃太は、スープ、もとい豚汁を啜った。

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