きみと、最期の晩餐

金魚草

Hors-d'œuvre

 気がつくと、知らない場所にいた。先程まで何をしていたのか、さっぱり思い出せない。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」

 ウェイターらしき制服を着たスキンヘッドの男が声をかけてくる。おそらくここはレストランなのだろう。少し薄い臙脂色えんじいろの壁や後ろでかかるクラシックが上品な雰囲気を醸し出し、慣れないせいかソワソワしてしまう。

「あ…いや、違うんです。なんか、間違えて入っちゃったぽくて。すみません。」

 間違えて入ったも何も、此処がどこだかも知らないし此処までどうやって来たのかも分からないが、説明のしようがないんだからとりあえずこう言うしかない。コーヒーの一杯でも飲めば、と思ったがどうやら財布は持ち合わせていないらしい。財布も持たずに出かけたのか俺は。幸い携帯電話はポケットに入っていた。地図アプリでも起動すれば家への帰り道くらいはわかるだろう。迷惑にならないうちに早く出よう。そう思って出口の方を振り返った時。

「こちらへどうぞ。お連れ様がお待ちです。」

 再びウェイターが声をかけてきた。


 お連れ様?

 誰かとレストランで待ち合わせをした記憶など俺には無い。ましてこんなかしこまったような店、誰と来るっていうんだ。

「いやぁ、別の人だと思います。俺、誰ともそんな約束した覚えないんで。本当に間違えて入っちゃっただけで。本当すみません。」

「いいえ、お客様で間違いないかと。こうして此処にいらっしゃったのですから。」

 は?何を言っているんだこの人は。もしや働き始めたばかりの新人だったりするのか。俺が『人違いだ』と言っているのに、俺で間違いないわけないだろう。

「違いますって。名前とか聞いてないんですか、先に待ってる人に。今聞いてきても大丈夫ですけど。一応俺は小林遥太ようたです。確認してもらえますか。」

「申し訳ございません。どなたがいらっしゃるのかは存じ上げません。しかしお客様で間違いないのは確かなことでございます。」

 話が通じない。自分の置かれた状況を把握できない焦りに加え、ウェイターの一歩も譲らない態度にイライラとした気持ちが湧き上がる。こうも埒が開かないのなら、実際にその客のテーブルまで行ってやろうか。そこまですれば、さすがにこのウェイターも間違いを認めるだろう。

「はぁ…分かりました。じゃあその人のところに案内してください。」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

 わざと聞こえるくらいのため息をひとつ吐き、ウェイターの後ろをついていく。窓の外には、木が生い茂っているのが見える。パッと見えるところに他の建物はなく、車の音もしない。街からは外れたところにあるのだろうか。尚更自分がなぜ此処にいるのか分からない。俺の前を歩くウェイターの他にスタッフの姿はなく、厨房にも人の気配は感じられない。店内はさほど大きくはなく、2人掛けのテーブルが3つに4人掛けのテーブルが2つ。椅子もテーブルも装飾品も全てがアンティーク調で揃えられており落ち着いた雰囲気だ。


 どこにその客が待っているのかはすぐに分かった。他に客の姿などなかったからだ。人気のない店だ。それともたまたま人のいない時間だったのか。

 どうやら連れが来るよりも先に食事を始めているらしい。近づくと酢の物を食べていることがわかった。

 …酢の物?このレストランの雰囲気には明らかに合っていない。

「失礼致します。お連れ様がいらっしゃいました。」

 ウェイターが声をかけると、客は食事の手をとめ顔をあげた。『誰だ?』とでも思っていそうなその顔は、俺の姿を捉えると瞬時に驚きの表情へと変わった。

晃太こうた⁉︎」

 声を上げたのは、俺。席に座っていたのは、中学からの親友である佐々木晃太だった。

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