第4話
このシリーズもすでに終盤を迎えているというのに、凪人はまだボートに乗り切れていなかった。
初日、二日目と早々に感覚を掴んで盛り返す選手が大半の中だ。
一回もインを走ってないとはいえ舟券に絡めないモーターでは決してない。三連単率は52.33%だし。三連単率が低いモーターでも準優勝戦進出を決めた選手は山ほどいる。
だからこそ凪人の下手くそさが浮き出てしまうんだ。
一目散に整備場へ向かう。
一刻も早くプロペラを叩きたかった。
明日を入れてあと2レースしかない、地元レースなのに何やってんだ。
何人かの選手がこちらを振り向くのが分かる。
ハッとした。心の声が無意識に言葉になって出てきていたんだ。
気まずさと気恥ずかしさからプロペラを叩く音が止まる。
自分の中で正直迷いがあった。
僕の乗りやすいボートって一体なんだ?
僕のこだわりってなんだ?
僕の武器は?
僕の夢って……、
「ごめん、俺レース前だからもうちょっと静かにしてくれないか?」
「は、はいすみません!」
反射的に謝って声がした方へ顔を向ける。
「悩んでるね」
「む、村井さん」
「やぁ」
爽やかな笑顔で僕に声をかけてくれたのは同じ東京出身で、大先輩のA1級レーサー村井天智だった。
どんなモーターやボートでも自分好みの整備が出来る村井はボートレース業界ではペラ巧者として有名だ。
『何度来てもダメだ。いくら凪人があの人の孫でも俺は弟子はとらない。もう構わないでくれ』
デビューしたての頃、何度も弟子入りを懇願していた凪人だが村井からそう言われてから同じ支部でも話しかけられない状態が続いていた。
そんな村井から半年ぶりに声をかけられ動揺する。
たしか村井は今日二回走りで11レースには準優勝戦に出走する。
「ほんとすみませんでした。大事なレース前に」
「それはいいよ。それに若いうちはたくさん悩みなさい、ところでさっきのレースは走りにくかったかい?」
「はぃ……あのぉ、このペラ僕にあってないんですかねぇ?」
自嘲気味にそう尋ねた僕に村井は少し考えて、
「うーんそうだなぁ、俺だったらもっとそのペラと会話するかなぁ」
「会話ですか?」
「じゃあ俺は行くから」
そう言って村井は自分のレースに向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます